旧知のソフトウエア会社のトップ2人と連続して会う機会があった。仮にA社とB社としておく。どちらも社員20~30人の規模だが,創業20年近い老舗企業である。大手企業の協力会社として受託開発を手がける一方で,顧客企業から直に受注するビジネスも展開している。知名度は決して高くないが,特定の分野ではそれなりに知られている点も同じだ。

 両トップが筆者に会いにきた理由は共通していた。「医療分野のメディアを紹介してほしい」というものだ。A社とB社はともに医療分野に会社としての打開策を見出そうとしている。その活動を筆者の所属するIT系のメディアでなく,医療分野のメディアで紹介してほしいということだった。

 A社とB社がともに医療分野を選んだのは偶然であり,そこに至るまでの道筋は全く違う。一方で,両社にはもう一つ共通点がある。どちらも,単なる新規事業として医療分野への参入を考えたわけではない。自社の持っている強みを改めて見直した結果,そこに至ったのである。

 重要なのは,両社がこの結論に至るまでのプロセスだ。ここに状況打開のヒントがあるではないか。筆者はこう考えている。

“じゃじゃ馬”が縁を取り持つ

 A社が始めたのは,海外製の医療計測機器の輸入販売である。この計測機器は脈波(みゃくは)から血管内皮の状態を知るための機器で,指先から脈拍のパターンを検出し,それをもとに血管の内側の状態を調べるものだ。

 A社のトップによれば単に血管の状態だけでなく,特定の疾患の予兆をつかむのに役立つ可能性があり,日本でも輸入して使っている医療機関や研究機関もあるという。厚生省の認可を得るのに3年を費やし,ようやく販売にこぎつけた。

 なぜA社がこの機器を販売するに至ったのか。同社がIT業界に珍しい「カオス理論」のエキスパートだったからだ。カオスとは一見ランダムだが,その裏に何らかの規則性がみられる現象を指す。自然界や人間の生理現象など、さまざまな分野で見られる。A社は20年近く,カオス理論に基づいてさまざまな現象を測定・分析するツールを販売したり受託研究を手がけたりしてきた。A社は脈波を使ったカオスの研究に実績があり,脈波についての知見は十分にあったのだ。

 もちろん,それだけが本業ではない。カオスのビジネスは長年,鳴かず飛ばずだった。5年前に同社の取り組みを日経コンピュータ誌で紹介したときには,A社のトップはカオスを「じゃじゃ馬」に例えていた。

 しかし,このじゃじゃ馬がA社の個性となっているのも間違いない。同社が今回,医療機器を販売したきっかけは,カオス関連の研究で協力した医師のアドバイスによるものだった。今回販売する機器はカオス理論と直接かかわるものではない。しかし当然,これまでA社が培ってきたカオス分野のノウハウを生かしたビジネスにつなげることも視野に入れていくとする。

ソリューション型ビジネスに転換

 B社はある医療機関と,ITを医療活動にどう生かしていくかを共同で進めようとしている。B社のトップが医療機関のトップと異業種交流会で知り合い,いまの活動に至ったという。

 B社はJavaやWebアプリケーション開発の技術に強い企業だ。Javaに対してもJ2EE(現在は,Java Enterprise System)の初期から注目し,受託開発を通じてノウハウを蓄積。並行して,フレームワークや開発方法論づくりを進めてきた。しかし,この経済不況で大手ITベンダーからの受注が激減。売り上げが一気に減ったという。

 B社のトップは新たに営業部門を作り,状況の打開に乗り出した。それまでB社は専任の営業部門を置いていなかった。高い技術力があれば,それで会社は回っていたのである。

 しかし,単に営業に回るだけではアピール力が弱い。B社のトップが考えたのは,「技術力の高さを売るのでなく,ソリューションを売る」ことだった。ビジネス上,困っていることは何かを聞き,B社の技術力を生かした解決策を提案する。大手のITベンダーでは当たり前のようにしていることだが,「当社のような規模の会社がソリューション型の提案書を持っていくと,珍しがられて話を聞いてもらえることも少なくない」と,B社のトップは話す。

 B社は数は多くないにしても,顧客企業から基幹システム全体の開発を直接受託したケースが存在する。大手ベンダーからの案件でも,詳細設計や実装のフェーズよりも前のフェーズからプロジェクトに参加することもある。こうした経験を通じて,ビジネス要求のヒアリングや定義,システム分析といったノウハウも実は蓄積しており,それができる人材も複数いる。これまではそれらを必ずしも生かしてこなかったという話だ。

 B社のトップは自社の強みを改めて見直したうえで,ソリューション型の提案を軸にすえることを決めた。並行して,提案先を広げるために異業種交流会に積極的に顔を出すようにした。それが医療機関との出会いにつながったのである。

「ひとり会社」が増殖

 厳しい状況の打開に向けて,自ら蓄えてきた強みを再確認し,新たな行動を始める。A社やB社はその一例だが,個人レベルでも同じ動きが見られる。

 昨年から今年にかけて,筆者が取材や寄稿でお世話になった,ソフトウエア開発の世界ではそれなりに著名な人たちが,いっせいに“ソロ活動”を始めた。所属していた会社を飛び出し,「ひとり会社」を作ったのである。

 経営者を務めていた会社を辞めて,自分の会社を作ったある方は「みな場所を求めて動いてるのではないんですか」という。もちろん「一人でもちゃんと食える」という自信の表れでもあるのだろう。だが,それ以上に自ら蓄えてきた強みを再確認した結果,「既存の企業にとどまったり,単純に他の企業に転職したりするよりも,自ら会社を作るほうが正しい」と判断したのである。

 これらソロ活動を始めた人たちは,正義感に燃えている点も共通している。「ITでもっと企業はよくなるはずだし,IT業界はもっと元気になるはず。自分の蓄えてきたものを役立てたい」ということだ。

 こうした人たちが,それぞれ個人として集まり,活動を始めた例もある。7月に本格始動した「匠Business Place」はそのひとつだ(関連記事)。「ソフトウエア・エンジニアリングが企業のビジネスに貢献していない」。同社は,こうした現状の打破を狙っている。

 A社やB社,さらに「ひとり会社」の活動がうまくいくかは未知数だ。もっと言えば,これらの活動に限らず,大手企業のビジネスだって,この時代ではうまくいくかなんて,誰もわからない。

 ひとつ言えるのは,こうした時代だからこそ,企業も個人も自らの足元を見直すことが大切だということだ。真面目に問題意識をもって仕事をしてきているのであれば,きっと何か強みがある。その中には自分が自覚しているのもあれば,そうでないのもあるだろう。

 今は自分の足元を見直して棚卸しをするには絶好の時期ではないかと思う。それが次の行動につながっていくはずだ。付け加えるなら,自分の足を信じることも大切だろう。これまで自分を支えてきた足は,きっとこれからも自分を支えてくれるに違いないのだから。