私はおよそ3年前に、本欄(記者の眼)で「トヨタ流が『なぜなぜ5回』なら、リコー流は『TTY』」という記事を書いた。2006年3月22日のことだ。掲載から3年以上が経過した今もこの記事は読まれ続けている。日経情報ストラテジーはITpro内でCIO(最高情報責任者)やその予備軍の方々向けに情報サイト「CIO情報交差点」を運営しているが、この中のアクセスランキングにも時々顔を出している。
TTYとは、「whaT Then whY」を略し「『何が』の後に『なぜ』が来る」を意味する造語である。リコーで全社構造改革を担当する遠藤紘一取締役副社長執行役員CSO(最高戦略責任者)が作り出した。遠藤副社長は2006年に実施したインタビューで、TTYを浸透させようと図った理由をこう話していた。
「問題が誰の目にも明らかな状態なら、トヨタさんのように、なぜなぜ5回から始められるだろう。しかし、何が起きているのかを正しく理解できていない状態では、いきなり、なぜ(Why?)とは言えないはずだ。何が(What)から始めなければならない」
この指摘が多くの読者の共感を呼び、3年もの間、記事が読まれてきたのだろう。
今回、3年ぶりにその遠藤副社長にTTYについて近況を聞く機会を得た。その時の話を紹介しよう。
見える化ブームを予見していたかに思える
3年ぶりに遠藤副社長にお会いし、さっそく「遠藤さんの目から見て、リコー社内でTTYという言葉はどれぐらい浸透しましたか?」と尋ねてみた。すると意外にも「全く浸透していませんね」との答えが返ってきた。
その理由は単純で、遠藤副社長自身が「今ではあんまりTTYって言わないから」だという。
「最初のうちはTTYという名前を付けて社内で言っていたけれど、今では覚えろよという感じにはしていないですね。言葉だけ覚えてもらっても、『What(何が)』ということが、ちゃんと自分なりに定義できていないと何の意味もありません」
ではTTYの考え方は浸透しているのかどうかというと、手応えはあるようだ。
「TTYは何かって聞かれて答えられる人数は少ないかもしれないけど、私がいつも『What(何が)』が大切だと言っていることは、だいぶ浸透してきたんじゃないかな」
遠藤副社長は2004年から、Whatの大切さを全社に説いてきた。Whatを大事にする姿勢を身につけ、現場に広げる役割を持つ改革推進組織「経営可視化推進室」を設置したのが2004年である。この5年間で、経営可視化推進室がかかわった案件は200を超えた。赤字だったパソコンや通信機器の仕入れ販売事業の現場で「何が起きているか」を丹念に調べ上げ、黒字化に漕ぎ着けた成果も生んでいる。
「何が」が正確に分かれば、的確に対策を打てる。だが、「『何が』が正確でない状態で対策を打とうとする人が多いから、みんな失敗する」と遠藤副社長は改めて釘を刺す。
「優れた医者は患者の言葉からある程度は『この人はこういう病気かな』と推測できたとしても、それですぐに薬を決めたり、処置を決めたりしませんよね。すぐに決め付ける医者がいたら、危なくて仕方ない。通い慣れている医者でも、時々はもう1回検査をし直すものです」
「前に検査をした時にこうだという診断をしたものと同じ状態が今も続いているのかどうかをちゃんと確かめようとする医者は立派だと思います。患者がいつもと同じ薬をくれと言っていても、いや待てよ、本当にそれでいいのかと疑ってみる。自分が多少は知っているということをひとまず置いておいて、もう1回素直に『何が起きているのか』をよく確かめてから処方せんを書く。こういうことが、どんな場合でも大切なんじゃないかな」
たまたま、私が日経情報ストラテジーの誌面で最初にトヨタグループの「見える化」を紹介したのも2004年だった。現場の事実を見えるようにして、いつでも迷わずに行動に移れる状態にしておく見える化は、今ではすっかりビジネス用語として定着した。トヨタグループ内ではそのはるか前から見える化が浸透していた。だから遠藤副社長が言うように「トヨタはなぜなぜから始められた」。
遠藤副社長は5年がかりでリコー流の見える化を全社的に推し進め、まずはWhatを明らかにすることに重点を置いてきた。その結果として、遠藤副社長は「リコーと取引先とのSCM(サプライチェーン・マネジメント)改革や在庫管理でも、今回の景気下降のなかではっきり効果が表れた」と明かしてくれた。
今回の遠藤副社長への取材は2009年6月29日発売の日経情報ストラテジーの特集「『5W1H』で現場力を磨け」の執筆に際してのものである。同号ではリコーだけでなく多くの企業のリーダーが現場をよく観察し、独自の着眼点で課題や突破口に気づいていくさまを描写した。不景気の真っただ中にあっても、解決策を慌てて当てはめようとはせず、実直に現場を見つめるリーダーの姿は力強さを感じさせる。