出社できなくても仕事はしたい

 誤解を恐れずに言えば,十分な環境整備もないままに,「海外渡航者は10日間,出社禁止」や「米国からの来訪者とは社内で接触しない」といったルールを課すことは,「自らが感染の拡大源にはなりたくない」といった“内向き思考”の現れだ。ノートPCの持ち出し禁止にしても,そこに至る思考のプロセスは大差ないだろう。

 実際,日経コンピュータ誌とEnterprise Platformサイトによるオンライン調査においても,安易なセキュリティ強化は,企業の競争力を阻害するとの意見が寄せられている(関連記事:『ノートPCの持ち出し禁止問題を再考する』)。

 新型インフルエンザの感染者にしても濃厚接触者にしても,それを望んでなったわけではない。それだけに,「出社禁止」を想定した業務の遂行も,引き継ぎのための準備もなされていないのが普通だろう。彼ら自身も,自宅や待機先のホテルなどからでも,「なんとか業務に支障がないように仕事をしたい」と願っているのではないだろうか。

 彼らを“悪者”扱いするのは簡単だが,それでは正常状態に復帰してからもギクシャクした関係が残るはずだ。「臭いものにはふた」的な対処を続けていては,前向きな一歩はいつまで経っても踏み出せないことになる。

テクノロジで解決できる領域がある

 ただ,悲観的な状況ばかりではない。パンデミックを含めたリスクマネジメントやBCP対策を取り始めた企業においては,一律的な「ノートPCの持ち出し禁止」対策を改め,社屋の内外を問わず業務を継続できるようにするための仕組み作りに乗り出している。

 そうした相談を受けるコンサルティング会社の一社が,倉重英樹氏率いるシグマクシスだ。倉重氏はこれまでも,より創造的な仕事=クリエイティブワークを可能にするための環境整備を重視し,ユニークなオフィス環境を構築してきた。

 そんなクリエイティブワークを支える情報システムの構築に15年にわたり取り組んできたのが,シグマクシスの戸田輝信パートナーだ。戸田氏には,これまでの経験を『[集中講座]PCに機動力を!,仕事に創造性を!』と題して,Enterprise Platformサイトでオンライン講義してもらっている。

 同講義で戸田氏が主張されていることの一つは,「社内システムを種々のリスクから守りきろうとする“鎖国型”アプローチには限界がある」ということだ。ノートPCの持ち出し禁止も,この鎖国型アプローチに含まれる。ネットワークやモバイル環境が当たり前になった今,“開国”を前提に,守るべき情報を守るためのテクノロジを考え直したほうが得策ということだ。

 社内外を問わず社員や関係者が情報共有を図り,意見交換できることは,単にパンデミック対策にとどまらず,これからの経営環境を考えるうえでも重要だ。好むと好まざるとにかかわらず,働き手の価値は専門性で計られることになり,いわゆるコンサルタントのように,プロジェクト単位で契約を結ぶような形態が増えるだろう。そこでは,社内にいなければネットワークにアクセスできないといった環境では,優れた専門家の知識を借りることすら難しくなる。

 不謹慎かもしれないが,今回の新型インフルエンザの発生は,我々のワークスタイルや企業のコラボレーション・プラットフォームを見直すきっかけになるだろう。過度のテクノロジ依存は好ましくないが,テクノロジによって解決できる課題は少なくない。むしろ,業務やアプリケーション,人間の経験則などとの境界を明確にし,強靱なテクノロジ・プラットフォームを構築していくことが必要なのだ。

 なお,戸田氏のオンライン講義では,第1講から第5講までのそれぞれで,みなさんからのご意見やご質問を受け付けている。代表的な質問に対しては,戸田氏から回答してもらうことを予定している。オンライン講義に是非,参加いただき,ご意見・ご質問を書き込んでほしい。相互に意見を出し合うことが,新たなプラットフォーム像の形成につながるはずだ。

■変更履歴
最初の小見出しで「業務の俗人化」としていましたが,正しくは「業務の属人化」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2009/05/14 12:15]