仕事をしていると,感動する商品やプレスリリースに出会うことがある。1つは,「はっ」とする,美しいタイプだ。無理矢理こじつけた感じがまったくなく,ただ純粋に良いと言える,その存在自体が奇跡であるかのようなタイプである。もう1つは,手法としては枯れていて安定感があるものの,あまりにもツボにはまっているために説得力が高いタイプだ。この数カ月のうちに記者が味わった,双方の代表格を紹介したい。

時間(有効期限)を時間(利用期間)で分割払い

 論理構造がシンプルでエレガントな商品企画を目の当たりにすると,感動のあまり,ただ言葉を失う。それは,ダイヤの原石を偶然に発見してしまうようなもの。ロジックを無理やり頭で考えるのではなく,そこにある美しいものに気が付くかどうか,という類だ。記者は,こうした物凄い商品企画に先日出会った。「サイバートラストが有効期限3年内に途中解約できるSSLサーバー証明書を販売」である。

 簡単に解説すると,この商品は「有効期限3年間のSSLサーバー証明書を1年単位で購入できるようにしたもの」だ。一言ですべてを言い表せる,という時点で,商品企画としてすでに完成している。理屈をこねくり回す必要がまったくない。シンプルなものは美しく,分かりやすく,説得力がある。話者の力量を必要とせず,ただそれ自身が力強い。世の中には様々な商品企画が存在するが,これほどその強さを感じられる単純明快なものは,そうはない。

 商品企画の強度を支える演出として価格設定もまた,単純で素晴らしい。2年間使うと,1年分の料金のちょうど2倍に,3年間使うと,1年分の料金のちょうど3倍になるのだ。しかも,サイバートラストには有効期限1年の証明書もあるのだが,有効期限3年の証明書の1年分の料金は,有効期限1年の証明書とまったくの同額に設定されている。芸が細かい。価格設定による余計なノイズを可能な限り減らすことで,有効期限と契約期間を別々に扱えるという商品の存在意義が,より際立つという仕掛けだ。

金融派生商品の価格決定にGPUの演算性能を提供

 米NVIDIAの日本法人であるエヌビディアが2008年9月16日に公開したプレスリリースは,ツボにはまった企画として永久保存したいタイプの代表である。こちらのリリースは,発想自体は容易であり凄みはないが,実例としてこれまでに前例が少なく,何よりもツボにはまっているため,説得力が違う。内容は,金融ソフトを開発する米SciCompのユーザー事例である。主力製品を米NVIDIAのGPU(Graphics Processing Unit,3次元グラフィックス処理チップ)に対応させ,デリバティブ価格決定モデルの生成時間を100倍に高速化したという。

 デリバティブ(金融派生商品)のプライシング(価格決定)には,モンテカルロ法と呼ぶ,乱数を用いたシミュレーション技法がよく使われるという。乱数シミュレーションは,試行回数を増やせば増やすほど精度が高まるため,より高速に計算できるコンピュータが求められるという。こうした用途のためのコンピュータ利用はHPC(High Performance Computing)の一つであり,市場ではスーパー・コンピュータと呼ばれる専用の計算機や,PCサーバー・クラスタなどが活躍している。

 一方で,今回の主役であるGPUは,WindowsゲームやCAD/CAMワークステーションのための3次元グラフィックス処理に特化した浮動小数点演算ユニットとして存在してきた。それがここへきて,3次元グラフィックス処理に留まらない,より汎用的な用途にGPUを使うコンセプトとして,GPGPU(General-Purpose computation on GPUs)としても盛り上がっている。GPUの計算能力を汎用的に利用するためのC/C++言語ライブラリやコンパイラなども登場している。

 今回のリリースで取り上げている事例は,GPGPUの典型的な応用例である。GPUを実際に業務に使っているという例が存在し,その数が増えていくことで,説得力が増していく。頭の中では「もともと浮動小数点演算ユニットなのだから,浮動小数点演算が高速化するのは当たり前。スーパー・コンピュータ向けのベンチマーク試験で高得点を叩き出すのは当然のことだろう」とは思っていても,実際にGPUを業務利用している典型的なユーザー事例が多数登場しないことには,ビジネス情報として扱いにくい。その意味で,リリースの内容は筆者のツボにぴったりとはまるものだった。