「IT革命はこれからだ」という題名の原稿を今書いたら、よほどの権威か政治力がある執筆者でない限り、日本のメディアには掲載されないのではないか。一時期あれほど頻繁に新聞や雑誌に載っていた「IT革命」なる言葉は死語同然である。ところが、「IT革命が社会に与える真に革命的な影響はいよいよこれから」と堂々と主張している人物がいる。

 それは、社会生態学者のピーター・ドラッカー氏である。同氏は2002年に出版した『ネクスト・ソサエティ』(ダイヤモンド社、上田惇生訳)にこう記した。「IT革命のネクスト・ソサエティに与える真に革命的な影響は、いよいよこれからである」。ネクスト・ソサエティとは、これからやってくる異質の社会を指す。

 『ネクスト・ソサエティ』については5年ほど前に短いコラムを沢山書いた(関連記事参照)。とはいえ、「またドラッカー、しかもネクスト・ソサエティとは。もう過去の人でしょう」と言わないで頂きたい。ドラッカー氏は2005年に亡くなったが、彼が残した数々の洞察は今でも読み、考えるに値するものだ。

 2008年の今、時の会社といったら、米グーグルだろうか。そのCEO(最高経営責任者)であるエリック・シュミット氏は、「グーグルのCEOとして、ナレッジ・ワーカー(知的労働者)のマネジメントに取り組んでいる。その要諦をドラッカー氏はずっと以前から理解していた」と述べている。

 グーグルCEOのコメントを引っ張り出したのは、少し前に手がけた仕事を進めるに当たって、周囲の何人かにドラッカー氏の今日における重要性を理解してもらう必要があったからだ。その仕事とは、3月24日付で発行された日経コンピュータ第700号の編集であった。700冊目という記念の号だから、過去にやったことがない取り組みをしようと、この号には通常の連載やニュースを一切載せず、130頁を超える大特集だけを掲載した。大特集ではあるが、その題名は『創る』とわずか二文字である。

 大特集を「創る」にあたり、ドラッカー氏が『ネクスト・ソサエティ』で指摘した数々の事柄に対し、世の中のキーパーソンや編集部が応答する「ネクスト・ソサエティを創る」と銘打った企画を思いついた。早速、社内のしかるべき所に企画書を出したところ、「今さらドラッカー?」「なぜまたネクスト・ソサエティ」と突っ込まれたので、グーグルの話を持ち出すとともに、特集の題名を「創る」の二文字に圧縮して、企画を押し通した。

 130頁超の特集は20本の記事で構成した。20本の記事構成を決めた時、各記事ごとのテーマとなるドラッカーの言葉を選んだ。当初は、選んだ言葉を各記事の冒頭に掲げようとしたが、実際にはそうしなかった。誌面をデザインしてみると案外読みにくかったことと、外部寄稿者全員にネクスト・ソサエティの説明をしたわけではなかったからである。

 そこで本稿では、選んだ20の言葉を紹介し、それぞれについてどのような記事を日経コンピュータ700号に掲載したのか、紹介してみたい。ドラッカーの言葉の後の括弧内に記したのは、ネクスト・ソサエティの中の章の名前である。

一、未来は予測しがたい方向に変化する (ネクスト・ソサエティに備えて)

 特集の冒頭には、「ネクスト・ソサエティは我々が創る」と語るドリス・ドラッカー氏のインタビューを掲載した。実は、先のことなど誰にも分からない。予測をしても、予測とは異なる方向に進んだりする。ではどうすればよいか。「これからどうなる」と考えるとともに、「こうなってほしい」と思う社会を創っていく。これがドラッカーが遺した言葉である。ちなみに、ドリスさんはドラッカー氏の奥様であり、特許弁理士であり、電子機器の発明者であり、その機器を手がける企業の創業経営者でもある。かつてはFORTRANでプログラムを組んだ経験も持つ。したがって日経コンピュータの巻頭に登場いただいて、まったく不思議はない。

二、ITの真に革命的な影響は、いよいよこれからである(ネクスト・ソサエティに備えて)

 冒頭で紹介した通り、特集全体を貫く基調を示す言葉である。では、2008年において、世の人々は、ITと社会の関わりについてどうとらえているのか。1000人を対象にしたアンケート調査を実施、結果を掲載した。

三、テクノロジストにとって仕事は生きがいである(雇用の変貌)

 テクノロジストとは、専門教育に基づいて活動する技能労働者を指す。ITプロフェッショナルはその典型である。ドラッカー氏は、「ネクスト・ソサエティは、主役の座をテクノロジストに与える(ネクスト・ソサエティの姿)」と書いており、特集の柱の一つに、テクノロジストを据えた。仕事が生き方であり、生活が仕事になっているテクノロジストの典型例として、Ruby開発者のまつもとゆきひろ氏を、オープンソースに詳しい高橋信頼ITpro副編集長に論じてもらった。

四、テクノロジストの生産性に焦点を合わせなければならない(人こそビジネスの源泉)

 ドラッカー氏は、先進諸国においてもっとも人口が増えるテクノロジストをどうマネジメントするかが大きな課題と述べた。そこで大前研一氏に、「誰でもプロフェッショナルを目指せる」と題した原稿を書いていただいた。テクノロジストの生産性をテクノロジスト自ら上げる方法を探ったつもりである。

五、いわゆる改善も新製品の開発に有効だ(ニューエコノミー、いまだ到来せず)

 テクノロジストの任務の一つはイノベーションの推進である。ただ、イノベーションといっても、天才のひらめきによるものとは限らない。改善から画期的なものが生み出されることもある。日本企業を上回る改善の鬼、ジェームズ・ダイソン氏にインタビューし、「技術者はデザイナーであるべき」という彼のメッセージを掲載した。ダイソン氏はユニークな掃除機の開発者でありデザイナーである。

六、成果をあげるのは指揮者の対人能力である(人こそビジネスの源泉)

七、創造性とは、体系的な仕事、汗水を流す仕事である(ニューエコノミー、いまだ到来せず)

 テクノロジストは、クリエイティブなアイデアを出すとともに、チームを引っ張っていく存在である。そこで、ゲームのプロデューサーと日本を代表する発明者に登場いただき、示唆を語ってもらった。700号においては、ダイソン氏をはじめ、直接ITに関係がない人に積極的に取材をお願いした。テクノロジストの本質は、業種を超えて共通だからである。