ITproとは何か。どういう意味か。ITproという名称を持つ当サイトに原稿を書き出してから5年以上経った昨年末、冒頭の疑問を抱いた。本サイトの読者である「ITのプロフェッショナル」を略した造語なのだが、それではITのプロフェッショナルとはどんな人を指すのか。

 IT関連の仕事をする職業人に決まっている、と思われるかもしれない。だが、「IT」の「プロフェッショナル」とは一体何かと改めて考えると分からなくなってくる。まず、ITとは何か。インフォメーション・テクノロジーの略と教えられたものの、この定義を書こうとするとかなり難しい。コンピュータそのもの(およびその設計と開発)、コンピュータの上で動くソフトウエア(およびその設計と開発)のこと、としては今やあまりにも狭い定義であろう。といって、インフォメーションとは何か、テクノロジーとは何か、と考え込んでいくと、いつまで経ってもまとめられなくなる。

 ITだけでも厄介なのに、プロフェッショナルとなるとさらに難しい。手近にあったライトハウス英和辞典を引いてみると、形容詞と名詞の両方あり、名詞の訳として、「本職の人、専門家、プロ、玄人、職業選手」と書かれていた。つまり職業人と訳せばよいわけだが、こうすると企業の情報システム担当者とIT関連企業の社員、組織に所属せずIT関連の仕事をしている人、は全員入ってしまう。ただ、「あの人こそプロフェッショナルだ」と言ったりするから、全員が該当する「職業人」という訳はどうもすっきりしない。

 ライトハウス英和辞典を眺めていると、プロフェッショナルのすぐ上に、プロフェッションという単語が載っていた。訳は「(主に知的な)職業、専門職、同業者、公言、宣言、(信仰などの)告白」となっている。そして、「(知識・技量を持っていることの)公言」→「専門職」→「職業」、という解説が付記されていた。「(知識・技量を持っていることの)公言」の前には、「(信仰などの)」告白」があるのだろう。つまり、「神を信じる」という信仰告白と同様に、自分を超える大きな知識・技量に満ちた世界を認め、その一翼を担うべく奉仕します、と覚悟を決めた人がプロフェッショナルということになる。語源に基づくこの定義は一応納得できるものの、今度は敷居がやけに高くなってしまう。

 「ITproとは何か」と考え出したきっかけは、「ITpro Magazine EXPO版2008年新春号」という紙媒体向けに原稿を依頼されたことである。ITpro EXPOと銘打ったイベントのために、WebサイトITproが初めての紙媒体を作ることになり、ITpro編集部から巻頭言を書いて欲しいと頼まれた。気軽に引き受けたものの、聞けばITpro Magazineには弊社のIT関連媒体の編集長や副編集長、記者が顔写真付きで総出演するという。となると通常の文体で、IT動向を解説するだけでは、巻頭言の役目を果せない。

 いつもと違う文体、IT動向ではない内容、という二つの要件を満たすにはどうしたらよいかと考えていた時、「読者であるITのプロフェッショナルとはどのような人なのか」という疑問に突き当たった。あれこれ考え、書き上げた原稿が、「ITpro宣言!」である。以下に再掲する。


                ITpro宣言!

 「ITpro」とは,ICT(Information and Communication Technology)専門サイトの名称であるとともに,その読者の総称でもある。日々ICTが変化していくのと同様,「人としてのITpro」も変わっていかなくてはならない。ITproの将来像は,ITproの「pro」に着目することで見えてくる。

  ITproは producerである。「こんなものがあったら楽しい」「今後の社会にはこうしたサービスが必要だ」という想いを抱く。自らの夢に基づき,新しい事業や製品・サービスの絵を描くこともあれば,創造性の高い人の構想に共感し,プロデュースを買って出ることもある。新たな夢と絵を語り,共感するスポンサーと実行者を集め,プロジェクトを起こす。こうした人材が今,最も求められており, ITproがその一翼を担うことが期待される。 ICTが仕事の支援ツールだからと言って,ITproが支援役にとどまることはない。

 幸いにも,新事業を創造するために越えるべきハードルは下がっている。設計,開発,製造,営業,物流,経理,人事まで,様々なビジネス・サービスをインターネット経由で選択し,利用できるようになった。SOA(Service OrientedArchitecture)やマッシュアップは,ICT用語というよりも,ビジネス・プロデュースの用語として使われていくだろう。

 ITproはproject managerであり, program managerである。素晴らしい絵を描いたなら,実現しなければならない。それには夢みる力というより,先を見通して必要な作業とリスクを洗い出し,期限と予算といった制約を守りつつ,成果物を作り上げる冷徹な実務力が求められる。時には,複数プロジェクトの集合体であるプログラムを舵取りし,夢を現実にしていく。

 ITproはprogrammerである。システムを用意するにあたって,すべてのコンピュータ・プログラムを手作りすることはもう無いとはいえ,プログラミングやアルゴリズムは ICTの基本中の基本であり続ける。パッケージ・ソフトやSaaS(Software as a Service)の普及がどれほど進もうと,中核業務を支えるシステムを作り込む仕事は必ず残る。

  ITproは proactiveかつ progreesiveである。自ら先を読み,先手を打つ。リスクを認識した上で,成果を出すために必要であれば新しい技術や方法を思い切って採用する。問題が発生するまで,あるいは誰かが指示するまで待っていたり,自分の失敗を恐れて,枯れた古い技術に固執することはない。

 ITproはprofessionalである。企業の情報システム部門に在籍していようとベンダーに所属していようと,自分の「顧客」が誰であるかを知っており,顧客のために真摯に全力を尽くす。プロジェクトが間違った方向に進む危険があるときには,顧客や利害関係者に対してprotestし,軌道修正することも辞さない。常に,顧客のビジネスと情報システムに気を配り,顧客の情報資産をprotectする。その上で,顧客と自分が所属する組織の双方にprofitをもたらす。「できない」「無理」と諦めたりはしない。

 ITproは様々なproの顔を持つ。専門技術を持っていても,その専門家の顔しか持たない者はITproではない。

 読み直すと自分の原稿ながら相当に偉そうな文体になっている。とはいえ、それを目指して書いた訳だから、ご容赦頂きたい。自ら書いた原稿について解説するのは妙な話だが、この形にまとめた意図を付記したい。

 先に書いた通り、執筆の目的は「ITのプロフェッショナルとは何か」を書くことにあった。考えた末、「IT」の範囲は非常に広く、「プロフェッショナル」の範囲は非常に狭く、とることにした。お読み頂ければ分かるように、ITの範囲を「仕事の支援ツール」に限定せず、ITによってもたらされる新ビジネスの創造など、革新全体にまで広げている。

 その一方、プロフェッショナルについては、「自分を超える大きな知識・技量に満ちた世界を認め、その一翼を担うべく奉仕します、と覚悟を決めた人」というつもりで書いた。ただいきなりこう書いては何のことか分からないので、「様々なpro」を列挙し、ITの大きな世界を表現しようと試みた。プロデューサーを持ち出した意図については「30歳から45歳が活躍する方法」を参照して頂きたい。

 宣言文の最後に「専門技術を持っていても,その専門家の顔しか持たない者はITproではない」と書いた通り、「自分の専門分野はここまで」と自己規定したスペシャリストは、宣言文におけるプロフェッショナルから外した。本原稿の題名「ITproは専門家にあらず」も同様の意味である。念のため書いておくと、スペシャリストが悪いと言っている訳ではない。ITに関する何らかの専門性は大前提であり、プロフェッショナルはその専門性を常に磨いていく。

 プロデューサーとプロジェクトマネジャとプログラマーの三つを兼ね備えないとプロフェッショナルではない、と言うつもりも毛頭ない。紙幅の関係と「pro」で始まる言葉を思いつかなかったから割愛しただけで、これら三職種以外にもIT関連の重要な職種は沢山あり、それぞれに専門性が要求される。

 自分の職種の専門性を磨きつつ、同時に、「自分(とその専門性)を超える大きな知識・技量に満ちた(広義のITの)世界を認め、その一翼を担うべく奉仕します、と覚悟を決めた(自分の専門以外にも目配りできる)人」が「ITのプロフェッショナル」ということである。