現場が使いたいシステムを、現場の手で導入する――。1990年代、一時的にブームになった「EUC(エンドユーザー・コンピューティング)/EUD(エンドユーザー・ディベロップメント)」に、再び注目が集まろうとしている。そのカギを握っているのが、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)だ。内部統制やITガバナンスが重視される最近、「現場任せのEUCは、百害あって一利なし」という人も少なくないだろう。だが筆者は、日経コンピュータ(12月24日号)の特集の取材を通して、SaaSを活用したEUCが広がると確信した。

 「EUCブーム再来」の兆しは、ユーザー企業の新しいサービスや商品の裏側に隠れていることが多い。システムの規模や適用領域が小さいため、「○○社が××システムを導入」といった華やかな記事として紹介されることは少ない。だが、新サービス/商品を裏で支えているシステムの導入形態を探ってみると、現場(企画部門や営業・販売部門、生産部門の担当者)がシステム部門やITベンダーに頼らずに自らの手で、業務支援のシステム(SaaS)を導入しているケースが多数あった。

 例えば、不動産管理のリロケーション・ジャパンが2008年1月から始めた「空家巡回サービス」では、通常業務の傍らで新サービスを企画した営業部門や住宅管理部門に在籍する6人の若手社員が、自らの手でサービス提供に必要なシステムを導入した。セールスフォース・ドットコムのSaaS「Salesforce」を使って、巡回業務のスケジュールや内容を管理したり、報告書や写真をWebサイトを通じて公開したりする。

 現場の管理職自らが、自部門で使用するシステム(SaaS)を導入するケースもある。全国の生協が加盟する日本生活協同組合連合会は07年11月、08年夏のお中元商戦強化のために、国内150社の調達先と商談やカタログ掲載情報をやり取りするSaaS(サイボウズ デヂエ for ASP)を導入した。SaaSの契約からデータベースの項目設定などを担当したのは、通販事業推進部の部長本人だ。これら2社のほかにも、システム部門やITベンダーの手を借りずに「現場が使いたいシステムを、現場の手で導入する」ケースが、次々と登場し始めている。

EUCに対する不安をSaaSで解消

 日経コンピュータの特集で登場する14社は、もともとEUCを認めていなかった企業ばかりだ。ご多分にもれず、システム部門がユーザー部門から要望を聞き、「社内のシステム戦略に沿っているか」「投資対効果は高いか」などを検討した上で、システム部門がシステムを構築し、ユーザー部門に提供していた。それがなぜ、SaaSを活用したEUCを認めるようになったのか――。方針転換のポイントの1つは、EUCが抱えていた課題をSaaSで解消できることだった。

 EUCに対するシステム部門の不安要素は、「データベースやアプリケーションが社内に散在し、管理不能になる」「システムを作った人材の退職や他部門への異動によって、システムを保守できなくなる」など様々だ。セキュリティの確保やITの全社最適化といった観点も、“放置状態”になりがちなEUCをシステム部門が敬遠する理由である。

 一方、SaaSを活用する場合、サービスの導入を現場に任せたとしても、データの格納場所はSaaS提供ベンダーのデータセンターに限定されるため、社内のあちこちにデータが散在することはない。セキュリティなどの管理体制も、ユーザー任せよりしっかりと確保できる。さらに、利用する機能やカスタマイズできる範囲は限定されているため、「プログラムが属人的になり、保守できなくなる」といった問題も少ない。

 既存システムの運用・保守や内部統制強化に向けたシステムの整備など、システム部門への負担は増すばかりだ。一方で、システム部門のリソースは、コスト削減の一環として減る方向にある。こうした環境で、システム部門が現場の声を拾い上げ、現場が必要とするシステムを即座に提供することは、ますます難しくなっている。システム部門の手離れ良く、現場のIT活用を推進する上で、SaaSを活用したEUCのメリットは大きい。

 企業にとって重要なことは、「システムの導入権限の所在やプロセスを、どうすべきなのか」ではなく、「ITを活用して素早く競争力を強化できるか」である。現場が自らの手で導入できるSaaSは、これからもどんどん登場してくるだろう。それでも、「EUCは百害あって一利なし」と言い切れるだろうか。「現場が使いたいシステムを、現場の手で導入する」といいう夢は、SaaSの登場により現実味を帯びてきた。「EUC」は過去に見捨てられたコンセプトであったが、改めてその効用について見直してみてはいかがだろうか。