ここ2~3年,電子政府/電子自治体を含む行政サービスにおいて,“住民視点”であるとか“利用者ニーズ”といった言葉がよく聞かれるようになってきた。サービスの提供側である政府や自治体からこうした言葉が出てくるのは歓迎すべき傾向だが,実際に“住民視点”に立ったサービスがどの程度行われているかといえば,どうにも心許ない。

 先日,各種の電子政府ランキングで常に上位に名を連ねるカナダの取り組みについて,前サービス・カナダ長官のマリーアントネット・フルミアン氏にインタビューする機会を得た。

 サービス・カナダとは,2005年にサービスを開始した連邦機関だ。「社会保障や行政サービスに対するニーズの違いを基に,国民をいくつかのグループ(高齢者,障害者,家族・児童,学生など)に分けて,そのグループごとに提供するサービスを再編」して,「税金を除く政府,地方公共団体すべての公的サービスに対応」している(注)組織である。

(注)サービス・カナダに関する上記カギカッコ内の記述は,IBMビジネスコンサルティングサービス パートナーの小河光生氏による「日本の社会保障制度は,なぜ分かりにくいのか」からの引用である。本稿と併せて,こちらの記事もご一読いただければ幸いである。

 フルミアン氏に聞いた,“住民視点”サービスの構築過程についての話は,とても興味深いものだった。以下,インタビューでのフルミアン氏の発言を紹介する。

  • 28に分けたクライアントのセグメント(高齢者,障害者,家族・児童,学生など)のうち,障害者向けのサービスを例にとって説明しよう。まず尋ねたのは「自分自身を障害者として名乗ることに抵抗はありませんか」という質問だ。「抵抗がある」という人が多ければ,セグメントの分類を再考する必要があるからだ。

  • 次に「政府があなたに対してできる一番大事なことは何か」を聞いた。その結果,政府から得られる所得支援が重要な位置を占めていることが分かった。また,障害者が必要としているのに通常の医療では提供されないサービスの必要性,障害者の就職を支援する団体に対する政府からの支援の必要性,働きたいと思っている障害者がたくさんいること,多くの人が就職するのに技能の訓練・向上が必要であることなどが分かった。

  • この結果から「成果」を,「医療・健康」「税金」「日常生活」「生計維持」「就労・雇用」の5つに分けて定義した。この分類に沿って従来のサービスやプログラムを再整理していった。この5つの「成果」は,先の調査後に試行錯誤のうえ,最終的にはグループインタビューを行って決定した。

  • サービス・カナダが発足する前に3年間,年間1000万カナダドル(1カナダドル=約119円)をかけて,それぞれのセグメントについて同様の調査を行った。

  • 申請手続きそのものを変えるには法律を変えなくてはならないが,それには時間がかかる。それを待たずに,まずは各プログラムや担当部署は現状を維持しつつ,サービス・カナダの設立によって顧客接点(電話,窓口,Webサイト,メール)のあり方を変えた。

  • サービス・カナダの職員は,例えば障害者の「生計維持」が担当なら,職員はそれにかかわるプログラムをすべて網羅して熟知している必要がある。
     一例を挙げると,カナダには障害を持った人を対象とした収入確保のプログラムが大きく分けて二つある。一つは国税,もう一つは社会保障のセクションが運営している。どちらか一つの適用資格を受けるためには,両方に申請を出さなくてはならない仕組みとなっている。冊子ほどの厚さの書類に,かなり詳しい医療記録なども明記しなくてはならない。
     申請者は,その分野の専門知識を持ったサービス・カナダの職員と面談する。職員は1回の面談で情報を集め,その情報をもとに二つの申請書の代理記入を行う。制度を熟知したサービス・カナダの職員が代行することで,申請書類の記入のミスも少なくなる。書類の訂正が少なくなれば政府側の運営コストは下がり,申請者は給付金をより早くもらえるようになる。

  • 担当職員は,その申請者のケースワーカーのような存在となる。既存のプログラムの中で申請者に適用できるサービスは何かをよく分かっているので,適切なサービスを提供できるようになる。

  • サービス・カナダは,当初は「電子政府」の推進を主眼にした組織として検討された。しかし,徐々に分かってきたのは電子政府の支出は増えているけれど見返りは十分ではないということだった。そして,政府の仕組みを変える方法として「申請手続きやプロセスを自動化すればよいというわけではない」という結論に達し,政府中心から市民中心のモデルに移行した。

 最近,日本の自治体サイトでは,「出産」「引っ越し」「結婚」といったライフイベント別に情報を整理しているケースが多いが,実際のサービスはこうした分類に沿ってワンストップで提供されているわけではない。ライフイベントの分類自体についても,サービス・カナダの利用者セグメントのように,きちんと利用者のニーズを反映させるプロセスを経て設定したものとはいえない。

 新サービスを開始する際にも,日本の行政機関の場合は,「xxxxがインターネットから申請できるようになったとしたら利用しますか」といった“提供したいサービスありき”のアンケート調査に頼る傾向が強いように感じる。

 今回紹介したサービス・カナダの取り組みは,利用者ニーズを反映させるための方法の一例にすぎないが,参考になる点も多いはずだ。日本の電子政府/電子自治体関係者には,もう一歩踏み込んで利用者ニーズを探っていただきたいと思う。