執筆:小河 光生=IBMビジネスコンサルティングサービス パートナー

 少子高齢化社会に突入した日本において、社会保障制度ほど国民のニーズが高い行政サービスはないであろう。社会保障サービスには年金、医療、雇用・労働、介護、障害者福祉や児童福祉など、最も国民生活に密接で、かつ重要なサービスが含まれる。

 かつて、日本の社会保障制度は貧困など特定の状況に置かれた人を救済する手段としてスタートしたが、その後、国民皆保険・皆年金制度の導入、労働保険への強制加入、介護保険の導入など、もはや国民にとって必要不可欠な社会システムとなっている。このため、まずは利用者である国民が分かりやすく、使いやすい仕組みでなければならない。

 経済社会環境の変化、ライフスタイルや就労形態の変化、さらには経済のグローバル化が進む中で、社会保障サービスも急速に多種多様化、提供主体も国、都道府県、市区町村、関係する諸団体など様々なレベルに広がっている。しかし、国民にとっては社会保障制度の知識がなくとも、また提供される機関を意識しなくとも、自らに必要となるサービスを適切に受給できることが利用者本位の仕組みのはずである。この視点からは、残念ながら今の日本の社会保障サービスは、国民から分かりやすい仕組みになっているとは言い難い。

 例えば、年金や医療保険は国や地方自治体が管轄、労働保険は国が行っている。利用者である事業主は、同様の届出や手続きをそれぞれのプロセスを参照して、窓口も別々なため個別の対応が求められる。これは明らかに提供者論理で組み立てられた仕組みであり、利用者本位ではない。

三つの課題――縦割り行政、接点の偏在化、ITの仕組み

 日本の社会保障サービスが分かりにくい原因は、主に三つに要約できると考えている。

 第一に「縦割り行政の弊害」である。前述の事業主の事例が示すように、受給するサービスを設定している制度により所管が国または地方自治体と異なり、さらにその中でも担当窓口がバラバラで、これらに連携が見られない。複数の機関がそれぞれ個別にサービス提供を行えば、利用者に分かりづらいだけではなく、サービスが重複する無駄や、本来は一つしか受けられないサービスを重複して提供してしまうエラーが起こりやすくなる。

 “利用者中心のサービス提供”というと、窓口で係官が笑顔で対応するとか、物腰柔らかに説明するといった施策が打たれるケースが多いが、真に国民中心の社会保障提供サービスとは、受給資格のある人が過不足なくタイムリーに必要なサービスを知り、かつ受けられることである。その中には、支援を必要とする直接的な当事者だけではなく、その家族や介護者なども含めた総合的な視点で仕組みが組み立てられる必要がある。例えば、世帯主が失業した場合、本人に失業手当が支給されるだけではなく、生計維持が困難な場合は生活保護手当の検討、就学児童がいる場合には就学維持の対応、さらに失業者本人に対しては早期の就労復帰の職業訓練プログラムを提供するなど、総合的な支援を行うことが必要となる。

 第二に「国民との接点が偏在化」していることである。社会保障サービスの国民との接点は、事務所で対面・相談を行う対面型の接点と、電話、郵便、インターネットなどの非対面型の接点がある。日本の場合は、例えば厚生年金、国民年金などが典型だが、対面型の接点(全国の300カ所以上の社会保険事務所)が圧倒的に多く、非対面型の活用はごくわずかである。また、それぞれのサービスごとに別の接点(窓口)が存在するため、利用者はそのたびに担当部署を調べ、窓口を渡り歩かなければならない。

 これに対して、海外は非対面が主流となってきている。例えば、英国の年金省では、電話によるコンタクトが最も多く、かつ問い合わせ対応の満足度は87%が肯定的である(図1)。後ほど説明するカナダにおいても、国民からの問い合わせは電話が63%を占め圧倒的である。

図1●英国の年金サービス(DWP)へのコンタクト手段と満足度
図1●英国の年金サービス(DWP)へのコンタクト手段と満足度

 今後日本では団塊の世代の大量退職が見込まれる。高齢者層の増加はそのまま年金相談や裁定請求の件数増加につながる。このまま、対面型主体の接点運営を続ければ、窓口に来訪者があふれ、窓口業務が煩雑・混乱が予想される。パソコンに慣れていないお年寄りに対応するには、電話での自動応答や、コールセンターでの相談、申請受付など意識的に非対面型へ誘導することを考えなければ、事務所自体がパンクして機能停止の危険性も指摘できる。

 第三に、「社会保障制度の運営やサービス提供を支えるITの仕組み」である。諸外国の事例を見ても、利用者の使い勝手の向上と業務効率化にとってITは欠かせない。行政機関が長らく使用してきたシステムは、レガシーシステムと呼ばれ、見直しと再構築が行われている途上であるが、関係省庁ごとにカスタムメイドと呼ばれる個別システム開発の手法が取られている。それぞれのシステムが別個の考え方や思惑で組み上げられるため、省庁ごとの縦割り状況をそのまま反映する形となり、社会保障サービス間の連携を妨げる結果となっている。海外でもかつては同じような状況であったが、現在では見直しが図られ、標準化され柔軟性を有し、比較的短期間低コストでシステム構築ができるパッケージ型システム基盤の活用が増えている。社会保障制度はその国の政治システムや財政状況により特徴や違いがあるが、根底の基本的な仕組みには共通する部分も多い。この点から、海外のパッケージ型システム基盤であっても日本でも十分対応できる可能性がある。