9月10日から2.5GHz帯の免許募集(注1)が始まる(関連記事)。2.5GHz帯とは,下り最大20M~30Mビット/秒を実現する無線ブロードバンドに割り当てる予定の周波数。通信方式は,モバイルWiMAX(IEEE 802.16e)や次世代PHSなどが候補に挙がっている。2.5GHz帯は,全国で使える「移動系全国バンド」と市町村など行政区域単位で割り当てる「固定系地域バンド」の2種類があり,それぞれで免許の方針や交付プロセスは異なる。10日から募集を開始するのは移動系全国バンドで,30MHzを2社に割り当てる予定である。

(注1)移動系全国バンドの免許募集は,正確には「特定基地局の開設計画の申請・認定」という手順を踏む。特定基地局の開設計画の認定を受けた事業者だけが免許を申請できる。本記事では話を分かりやすくするため,「免許募集」とした。

 この2つの枠を巡り,NTTドコモ,KDDI,ソフトバンク,アッカ・ネットワークス,イー・アクセス,ウィルコムなどが名乗りを上げている。ウィルコムは次世代PHS,それ以外の事業者はモバイルWiMAXによる参入を目指す。ただし,総務省は「既存の第3世代携帯電話(3G)事業者とそのグループ会社は対象外」とする方針なので,NTTドコモやKDDI,ソフトバンク,イー・アクセスは単独で参入できず,他社と提携して3分の1未満の出資による参入の道を探っている。

 最終的に各社がどのような布陣で申請に動くのかはまだ分からない。8月末時点では,各社とも「まだ固まっていない」という回答で,実際そうなのだろう。ただ,免許募集は10月12日まで。企画会社の設立や出資などの手続きを考えると,締め切り直前の発表は考えにくい。水面下の調整はまさに最終段階に来ていると思われ,9月中旬から下旬にかけて各陣営の布陣が発表されるだろう。以下では,各社のこれまでの動向を整理しておきたい。

3陣営+1社の申請が濃厚

 まずNTTドコモは,アッカ・ネットワークスとの戦略提携を8月31日に発表したばかり(関連記事)。アッカ・ネットワークスが2.5GHz帯参入に向けて7月に設立した企画会社「アッカ・ワイヤレス」に,NTTドコモが出資する形で参入する方針だ。両社の提携は以前から噂があったが,方針の違いから調整が難航しているとされていた。戦略提携を発表した際のリリースに「アッカ・ネットワークスが掲げるWiMAX事業の基本方針(グローバル・スタンダードをベースにしたオープン/水平分業モデルの実現)にNTTドコモが賛同し,合意に至った」旨をわざわざ明記していることが,それを物語っている。

 同陣営は3社以上の提携による参入を目指しており,8月末時点で他のパートナーは「まだ具体的に固まっていない」(両社)。8月30日の一部報道ではTBSやJR東日本,三井物産の名前が挙がっていたが,流動的だ。TBSは「参画の打診を受けているのは事実だが,まだ提案の段階」,JR東日本は「複数の事業者から打診を受けている。社内で検討しており,参画は未定」,三井物産は「WiMAX事業に興味を持っている。いろいろな可能性を複数の関係者と協議している」としており,他陣営と組む可能性もありそうだ。TBSと三井物産はイー・モバイルの株主でもある。

 次にKDDIは,小野寺正社長兼会長が6月13日の社長会見で「3分の1未満の出資でも主導権をとってやっていきたい」と発言したものの(関連記事),その後,具体的な発表はない。当初は大株主のトヨタ自動車と提携する噂が流れていたが,現状は同じく大株主の京セラと組む可能性が濃厚とされている。ただ,KDDIと京セラはノーコメントを貫いている。

 8月30日の一部報道では,KDDIの提携相手としてJR東日本や三菱東京UFJ銀行,インテルの名前も挙がっていたが,これも具体的に決まったわけではない。三菱東京UFJ銀行はKDDIのメインバンクで,過去にもモバイルネット銀行の設立で戦略提携を結んでいる。可能性は十分考えられるが,三菱東京UFJ銀行は「何も回答できない」としている。インテルは「個別の動向にはコメントしない」とする。

 ソフトバンクはイー・アクセスと共同で事業化に向けたフィージビリティ・スタディ(事前調査)を実施することを6月21日に発表している(関連記事)。ソフトバンクモバイルの宮川潤一取締役専務執行役員CTO(最高技術責任者)は同発表会で「NTTやKDDI,アッカ・ネットワークスの参加もウェルカム」としていたが,このとき既に各社に打診済み。総務省が既存の3G事業者を対象外とする免許方針案を公表した直後,複数事業者による連合体の形成を示唆する報道が多かったのはこのためである。ソフトバンクはインフラの構築と運用を専門に手がける「ゼロ種事業者」を共同で設立する話をいち早く各社に持ちかけていた。

 ただ,ソフトバンクの孫正義社長は8月8日に開催した2007年度第1四半期の決算発表会で,「イー・アクセスと連携しているが,正式に契約したわけではない。イー・アクセスと連携するかどうかにかかわらず,ソフトバンクとしては2.5GHz帯で申請を出す予定」と微妙な発言もしている。8月末に確認した結果では,ソフトバンクは「イー・アクセスを含めて共同会社の設立を考えている。交渉先はノーコメント」,イー・アクセスは「提携先は広範囲に打診しており,固まり次第発表する」(イー・アクセス)という状況である。8月30日の一部報道ではインテルとゴールドマン・サックスの名前も挙がっているが,これも決まったわけではない。ゴールドマン・サックスはイー・モバイルの大株主で可能性は十分考えられるが,「打診したのは事実だが,まだ決まったことはない」(イー・アクセス)。

 最後にウィルコムは,PHS事業者なので「出資比率は3分の1未満」とする要件の対象外。資金面の強化で他社との提携も考えられるが,「単独で参入する方針」(喜久川政樹社長)である。同社は現行PHSの設備を活用することで「設備投資はかなり抑えられる。特別な資金調達を実施しなくても現行の設備投資額+αで賄える」(同)としている。

KDDI,ソフトバンク,イー・アクセスの秘策に期待

 では,仮にこの3陣営+1社が免許を申請した場合,移動系全国バンドの2枠を最終的にどこが獲得できるのだろうか。総務省はサービスを「より早く」開始し,「より広い」エリアで展開,「より多く」のユーザーに利用してもらう計画を立てた事業者への割り当てを優先する方針。もちろん強気な計画を立てるだけでは駄目で,資金面で「実現性」の裏付けが必要になる。

 “当確”と言われているのは,次世代PHSを推進するウィルコム。総務省は「利用技術に対しては中立的に考える。日本発の技術という理由だけで次世代PHSのウィルコムを優先するつもりはない。モバイルWiMAX陣営2社で決まる可能性も十分ある」(移動通信課)という。ただ,総務省は免許方針案を公表した際,3G事業者を対象外とした理由を「技術間競争や新規参入の促進を図るため」と説明している。技術間競争の促進という点からも,ウィルコムが優位な立場にあることは間違いないだろう。

 残るもう1枠のモバイルWiMAX陣営は判断が難しい。ソフトバンク+イー・アクセス陣営は資金面で疑問符が付く。ソフトバンク,イー・モバイルを傘下に持つイー・アクセスともに現状の3G事業で手一杯のはず。布陣が最終的にどうなるかによるが,強気な事業計画を描けても,資金面で残る2陣営を負かすのは難しいと思われる。

 他の2陣営は噂ではビッグ・ネームが並び,資金面が問題になることはなさそうだ。現状ではアッカ+NTTドコモ陣営は事業主体が明確になっている分,優位に見える。既存の設備を活用したエリア展開の点でも,基地局数が多いNTTドコモに分がありそうだ。

 2.5GHz帯とは別の高速無線通信に目を向けると,携帯電話の世界では現行の3.5G(第3.5世代携帯電話)を高度化した3.9G(第3.9世代携帯電話)が控えている。国内で3.9Gに最も力を入れているのはNTTドコモ。2010年以降の商用化に向け,7月から「Super3G」の実証実験を始めている(関連記事)。3.9Gは100Mビット/秒クラスの通信が可能で,明らかに2.5GHz帯高速無線ブロードバンドと競合する。NTTドコモはそれを想定した上で,両方を押さえておく構えだ(同社における両者の位置付けは,Super3Gが中心で,2.5GHz帯は押さえになると思われる)。

 これに対してKDDIやソフトバンクモバイル,イー・モバイルは3.9Gの導入計画を明確には発表していない。NTTドコモ対抗という点では,各社とも2.5GHz帯は押さえておきたいはず(逆に3.9Gに専念する戦略も十分考えられる)。KDDI陣営やソフトバンク+イー・アクセス陣営から,あっと驚くような秘策が出てくることを期待したい。

 なお,KDDI+ソフトバンク+イー・アクセスの大連合もあり得るが,記者はその可能性は低いと見ている。前述したKDDI小野寺社長兼会長の「主導権をとってやっていきたい」という発言がその理由だ。小野寺社長兼会長には「事業者間競争=設備競争」という考えがあると思われる。NTTドコモの「単独で設備を持つことこそが競争力」と同じ考え方だ(関連記事)。

 小野寺社長兼会長は8月29日に開催されたモバイルビジネス研究会でも,基地局を設置する鉄塔の共有化に対し,「過去に鉄塔会社の設立を他の事業者と検討したことがあるが,各事業者で鉄塔を立てたい場所が異なるので実現できなかった」と難色を示していた。競合する事業者同士では,鉄塔の共有すらうまくいかないということだ。