写真●公開トークに参加した佐野眞一氏,瀬尾太一氏,林紘一郎氏,三田誠広氏(左から)
写真●公開トークに参加した佐野眞一氏,瀬尾太一氏,林紘一郎氏,三田誠広氏(左から)
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 「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」の第1回公開トーク「なぜ,いま期間延長なのか ― 作品が広まるしくみを問う」が3月12日,慶應大学の三田キャンパスで開催された。参加メンバーは,ノンフィクション作家の佐野眞一氏,写真家で日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏,情報セキュリティ大学院大学副学長・教授の林紘一郎氏,それに作家で日本文藝家協会副理事長の三田誠広氏である(写真)。コーディネータはIT・音楽ジャーナリストの津田大介氏が務めた。

 テーマは,著作権保護期間の延長問題である。現在の著作権法は著作権の保護期間を「作者の死後50年」と定めており,現在,これをEU(欧州連合)や米国並みの死後70年に延長しようという動きがある。同フォーラムは,この問題についての議論を広く呼びかけており,今回の公開トークもその一貫として開かれたものだ。参加者のうち,佐野氏と林氏は延長反対派,瀬尾氏と三田氏は延長賛成派である。

 公開トークの様子は3月19日現在,同フォーラムのWebサイトに動画像として公開されている。ご興味のある方は,ぜひそちらにもアクセスして,公開トークを直接見聞していただきたい。ここでは,今回の公開トークで気付いた点や面白かった点を列記してみる。

「遺族の心情」論を封印した延長賛成派

 記者は2006年12月に開かれた同フォーラム(当時の組織名は「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」)のシンポジウムにも足を運んだ。当時の関心は「作家個人が保護期間延長を支持する理由は何だろうか」ということだった。映画配給会社などの営利企業が,利益を生み出す資産である著作権の保護期間を延長したいと考えるのは理解できる。しかし,作家個人が保護期間延長を求める理由を,当時は理解できなかったのだ。

 12月のシンポジウムには延長賛成派の作家として,今回と同じ三田誠広氏,それに漫画家の松本零士氏が参加していた。そのときの話は,以前の記者の眼にも書いた。三田氏や松本氏が保護期間延長の理由としてまず挙げたのは,「作家が若死にした場合,現在の死後50年という保護期間では遺族の権利保護が不十分」ということだった。延長反対派は「保護期間の延長が文化の発展にいかに害を及ぼすか」を主張していたが,延長賛成派が「遺族の心情」を根拠としている以上,議論はいまいちかみ合わないという印象を受けた。

 今回の公開トークで驚いたのは,延長賛成派の三田氏らが「遺族の心情」論を封印していたことだ。その代わり「保護期間を米国やEUの“世界標準”に合わせるべきかどうか」「著作権の保護期間が延長されると,古い著作物の利用許諾を得ることが現在以上に難しくなる。この問題をどうやってクリアするか」など,比較的議論が成り立ちやすいテーマを中心に議論が展開された。ひょっとしたら,前回の反省を踏まえて,参加者の間で事前の打ち合わせがあったのかもしれない。

 もう1つ,これは主催者側の配慮なのか偶然なのかは分からないが,今回のトークに延長反対派として参加した佐野氏はお子さんをお持ちとのことだった。前回のシンポジウムでは,延長反対派の参加メンバーが子供を持たない人ばかりだったため,会場内から「保護期間延長に反対の人は,皆さん子供をお持ちじゃないから未来に対するイメージが(子供をお持ちの方と)違う」という意見が出ていた。つまり,「著作者で保護期間の延長が不要という人たちは,子供がいないからそういう格好の良いことが言えるのだ」という意見である。だが,保護期間延長の賛成・反対を子供の有無に短絡させてしまうと,「立場の違いで主張は異なる」で話が終わってしまう。今回,子持ちの延長反対派である佐野氏が討論に参加したことで,そうした図式は随分薄めることができたように思える。

 実際,佐野氏は著作権保護期間の延長問題について,ある雑誌の取材を受けたとき「お子さんはいらっしゃいますか」という質問を受けた経験があるという。おそらく記者は,子供の有無を保護期間延長の賛成・反対に結び付けて記事をまとめたかったのだろう。だが,佐野氏のこの問題に関する基本的なスタンスは「(保護期間を)死後70年に延長したら創作意欲が高まる,という議論がまかり通っているとすれば,創作者を馬鹿にした話だ」というもの。子供に著作権を継承させることは「ただの一度も考えたことはない」という。

人格権を保護するための仕組み作りも重要

 一方,瀬尾氏は延長賛成派の立場から「日本が世界中にコンテンツを発信していくためには,(保護期間は作者の死後70年という)国際ルールを受け入れるべし」と主張。その上で,権利の所在が分からなくなって作品が利用しにくくなることを保護期間の延長問題に結び付けることは,「議論のすり替え」と批判する。「権利者データベースの整備など著作物を利用しやすくする仕組みを,保護期間延長問題とは切り離してみんなで考えていくべきだ」(瀬尾氏)とする。

 林氏は「著作権保護期間は特許と同じぐらいでいい」という延長反対派である。「現在の著作権制度は(商業的な価値が)非常に長命なごく一部の著作物を前提に作られたもの。その制度を大多数の短命な著作物にも一律適用している。ディジタル技術を使えば,著作物ごとにいろいろな工夫が考えられる」として,権利者の申請に基づく著作権の更新制度や,DRMなどディジタル技術の有効利用を訴えた。

 「遺族の心情」論を封印した三田氏が保護期間延長の根拠として今回挙げた理由は,瀬尾氏と同じ「世界標準に合わせるべし」と「(財産権だけでなく)作家の人格権を保護するためにも延長が必要」というものだ。後者については,「10年先には谷崎潤一郎や江戸川乱歩の著作権保護期間が切れる。そうなると彼らの作品をよりエロチック,暴力的に書き換えた作品を公開する人たちが出てくるだろう」というのが,三田氏の危惧だ。

 確かに大多数の作家にとって,死後50年後の金銭的な問題よりも,人格権の方が重要な問題ではあるだろう。同フォーラムWebサイトの動画像ではカットされているようだが,三田氏からは「保護期間を過ぎた作品に敬意を払いつつ,青空文庫のようなインターネット上の電子図書館で無償公開するのはOKだが,100円ショップで売るのは勘弁してくれ」という趣旨の発言もあった。ただ,死後70年に保護期間を延長しても,同じ問題はいずれ発生する。そういった事態を防ぐためには「保護期間は長ければ長いほど良い」(三田氏)。その上で三田氏の主張は,無償のパブリック・ドメインとするかどうかを含めて著作物の利用形態を作家がコントロールできる形態が望ましい,そのためのシステム作りが重要,となる。

 公開トークではこのほか,著作権の権利の所在を明らかにして,容易に利用許諾を得られるようにするため日本文藝家協会などが取り組んでいる権利者データベースの整備状況や実用性,それに海外作品の著作権保護期間に第二次世界大戦の戦争期間を加算する「戦時加算」について,興味深い議論が交わされた。

 同フォーラムの次回公開トークは4月12日(木)に開催される。マイクロソフト日本法人の最高技術責任者補佐である楠正憲氏や落語家の三遊亭圓窓氏などが参加する予定だ。今回と同じように動画像が公開されるのであれば,会場まで足を運ぶ必要はないのかもしれないが,この問題に興味のある方は,ぜひ注目していただきたい。