「情報事故」とは、情報あるいはIT(情報技術)に起因する経営上の問題発生を指す。この言葉を造った、経営・情報システムアドバイザーの森岡謙仁アーステミア有限会社代表取締役社長に、その意図を聞いた。

――情報事故というのは、経営者や一般の人が関心を持つ言葉ですね。

森岡 わざわざ言葉を造ってみたのは、経営者やミドルマネジメント、一般社員、そして情報システム部門やIT企業の社員まで、全員に通用する言葉の必要性を痛感していたからです。情報やITは、経営に大きな貢献ができる可能性を持っていますが、その舵取りに失敗すると、経営の大きなリスクになりかねない。経営者やミドルマネジメントはもっともっと情報やITにかかわるべきなのですが、現実にはそうなっていない。ネガティブな言葉を持ち出して脅かすのは趣味ではありませんけれども、経営者やミドルマネジメントに関心を持ってもらうためには、「事故」という言葉が効果的ではないかと思ったわけです。

 残念なことですが、このところ、企業経営の不祥事が目立ちます。そうした中には、もっとITをうまく使って、経営者が適切な情報を得ていたら問題を防げたと思われる例があります。また、ITそのものに起因する問題もあります。一連の問題を総称する言葉はないかと考えていた時、「情報事故」が思い浮かんだのです。

――情報システムのトラブルを表現する言葉として、「動かないコンピュータ」があります。ただしこれはコンピュータだけの問題ととられかねません。そこで経営の問題でもあることを言おうとして、「IT倒産」という言葉を考えたことがあります。ITの失敗で経営が傾く、といった意味です。ただ、IT倒産というとIT企業の倒産のようですし、さすがにITの問題だけで倒産に至った企業はまだないでしょうから、誇大な言葉かもしれません。

「動かないコンピュータ」以外にも問題がある

森岡 日経コンピュータに掲載されている「動かないコンピュータ」は、情報事故のうちITに起因する典型例ですね。情報システムの開発失敗やシステムダウンは企業にとって大きな打撃となります。ただし、それ以外にも情報やITの問題はありますから、情報事故と言っています。

――情報漏洩などセキュリティ問題でしょうか。

森岡 それも一つです。ただし、開発失敗、システム障害、情報漏洩はいずれもITの世界でかねてより問題になっていました。経営者がこれらの問題をどこまで理解しているかどうかはともかくとして、情報システム部門やIT企業はなんとか手を打とうとしてきたわけです。しかし、これ以外にも大きな問題がありますよ、と指摘したかったので、情報事故という言葉を考えました。

 それは、無事完成した情報システムが安定稼働しているにもかかわらず、経営に悪影響をもたらす場合です。一つは、情報やデータの間違いです。データの入力ミス、計算ロジックの誤り、制度変更などに伴う保守作業時の修整漏れ、といった要因があります。もう一つは、ITというより、情報伝達、つまりコミュニケーションの問題です。重要な情報があったとして、それは外部に漏れなかったけれども、社内のしかるべき人のところにまで届かなかった。例えば、現場で発生したミスや事故についての情報が経営トップまで上がらず、経営判断を誤った。このような、社内の情報の流れが悪いがゆえに起きた経営問題も広義の情報事故とみなせるでしょう。

 昨今、目につくのは、ITのトラブルというより、情報の間違いや伝達問題ではないでしょうか。こちらはITの専門家だけでは手が打てない。経営者が真剣に考えるべき問題と言えます。

――情報事故の防止は経営者の仕事というわけですね。

森岡 経営者がやるべき仕事はたくさんありますから、実際の事故防止は経営者に近い、別の経営幹部が担うことになります。それがCIO(最高情報責任者)でしょう。そもそもCIOは、情報の責任者であるべきで、ITだけの責任者ではありません。企業が扱っている情報が正しいかどうか、適切な情報の流れが確立しているかどうか、といったところまでCIOは目を配らないといけません。私は、日経ビジネススクールで「CIO養成講座」の講師をしたり、ITproに『CIOへの道』というコラムを連載しておりますが、ITだけではなく、情報の責任者としてのCIOを常に意識しています。

――正直言って、CIOという名称はぴんときません。仰っているCIOの役割は、情報マネジメントとか、ITガバナンスということになるのでしょうが、これまた腹に落ちてきません。情報事故のように、英単語やカタカナではない言葉を使うべきではないでしょうか。

森岡 CIOの辞令を出さなくても、「情報事故を起こさないために、情報の責任者を任命した」と経営者が言えば、それでいいのです。養成講座の講師をしたり、コラムを書いているからといって、CIOという言葉そのものにこだわっているわけではありません。