NTTグループが昨年末にフィールド・トライアルを開始したことで注目を集めているのが「NGN」(next generation network)だ。その正体に関する解説は,ITpro上の連載記事「NGNって何だろう?」に譲るとして,今回は,NGNで実用化が期待されるアプリケーションについて書いていきたいと思う。

「IP再送信」はそんなにうれしくない

 NGNを活用したアプリケーションとして,読者の皆さんが最初に思い浮べるのは,高品位な映像配信ではないだろうか。NTTが東京大手町に開設したNGNフィールド・トライアルのショールーム「NOTE」(NGN open trial exhibition)を筆者が取材したときは,NHKが過去1週間に放送した番組をオンデマンドで大画面テレビに映し出すデモを実演していた。さらに,NGNで地上デジタル放送のIP再送信を行うデモも始まった(関連ニュース)。「NGNで注目すべきアプリケーションといったら高画質の動画配信しかないだろう」と見ている人は多いかもしれない。

 でも,本当にそうだろうか。筆者は,NGNのアプリケーションとして見たとき,IP再送信にあまり魅力を感じない。IP再送信は,そもそも電波を使ってブロードキャストしているデジタル地上波のテレビ放送をIPで配信しているだけの話。「単にテレビが見られるだけ」のアプリケーションである。ユーザーから見て,とりたてて“うれしい”ものではないと思うからだ。

 すでに「4th MEDIA」や「オンデマンドTV」など,IPマルチキャストを使った動画配信サービスは存在する。確かに,これらのサービスでは地上波のテレビ放送は流れていない。ただその理由は著作権がらみの法律面の問題であり,技術面の問題ではない。アクセス・ネットワークがNGNになるから改善されるというものではない。

 著作権がらみの体制が整備されたというのは喜ばしいニュースだ。もしかしたら,4th MEDIAやオンデマンドTVで地上波のテレビ放送が見られるようになるかもしれない。「NGNはQoSで帯域を保証できるけど,今のサービスにはそれがないから,画質が安定しないのでは?」と考える人がいるかもしれないが,マルチキャスト技術を使ううえにアクセス回線の速度がギガ・クラスまで高速化した現状で,画質が安定しない状況が発生するとは考えにくい。

 要は,「NGNという新しいネットワークを構築してサービスを提供するのであれば,その一歩先を行ってくれないと面白くない」と筆者は考えてしまうのである(ただ,4th MEDIAやオンデマンドTVがテレビ配信のインフラとして使っているフレッツ網自体がNGNに置き換わるという話があるのも事実だが)。

「回線をつなぐ」処理の開放が新しい魅力につながる

 では,「NGNならでは」といえるアプリケーションとはどんなものだろう?

 それは,NGNの二つの特徴から導き出せると筆者は考える。その特徴とは,(1)これまで通信事業者に閉ざされていた「回線をつなぐ処理」(「呼制御」と呼ばれる)を当の通信事業者以外のサービス事業者に開放する点と,(2)プレゼンス機能を利用できる点――だ。

 (1)から見ていこう。

 通信とは所詮,通信先となる相手(もしくはアプリケーション)との間で,ある一定帯域/速度の情報の通り道(トランザクション)を作ることにほかならない。この原則は,電話網がNGNになっても変わらない。電話でいえば,ある電話番号にダイヤルするとその電話番号の相手に,音声を通せる帯域の回線を接続するという処理になる。こうした処理が「呼制御」だ。

 電話のような回線交換サービスでは,呼制御はこれまで,そのサービスを提供する通信事業者にしかコントロールできないものだった。それがNGNでは変わる。呼制御に絡んだ処理をネットワークを運用する通信事業者以外にも開放し,アプリケーション・サービスを提供する事業者がハンドリングできるようになるのだ。

 サービス事業者が回線をつなぐ制御をハンドリングできるようになることが,そんなに重要なのか――と疑問に思う読者もいるだろう。パケット交換のインターネットなら,IPパケットのあて先を変えるだけで通信先を変更できるんだから,あまり意味がないんじゃないか――と考える読者もいるかもしれない。

 しかし,今後のネットワーク環境が「いつでもどこでも利用できるもの」(いわゆる“ユビキタス”)へ向かうと想像すると,その重要性が分かるのではないだろうか。

 人は日々,移動しながら生活している。通勤通学だけでなく,仕事であちこち飛び回る人も多いだろう。オフィス内の自分の机ではデスクトップ・パソコンを使い,移動中は携帯電話,自宅に帰れば自宅のノート・パソコンでインターネットにアクセスするといったパターンだ。このように移動するユーザーを想定した通信アプリケーションを考えると,アプリケーションからの制御で,通信の接続先をオフィスのパソコンから携帯電話,さらには自宅のパソコンへと切り替えられる機能が提供される意義は大きい。

 さらに,(2)のプレゼンス機能を利用することで,「いつでもどこでも」という通信ニーズに対するNGNの利用価値は高まる。

 プレゼンス機能とは,ユーザーが今どういう状態にあるのかをネットワーク上で把握する機能だ。現在使用できる端末の機能/能力も確認できる。プレゼンス機能によって,ユーザーがパソコンの前に在席しているのか,外出中なのか,自宅のパソコンの前にいるのかを,ほかのユーザーやアプリケーションから確認できるようになる。

 プレゼンス機能を利用して通信相手の状態を確認し,呼(トランザクション)を制御して回線をつなぐ――。こうした処理を基盤としたアプリケーションこそ「NGNならでは」といえる,と筆者は考えている。

アプリケーション開発環境がガラっと変わる

 実はNGNは,携帯電話サービスの強化策から発展したものだ。

 そもそも欧米では,第3世代携帯電話サービス(3G)をIP化し,さまざまなメディアを取り込む技術として「IMS」(IP multimedia subsystem)や「MMD」(multimedia domain)といった規格の標準化を進めてきた。IMSはW-CDMA方式の3G関連技術の仕様策定を行う3GPP(3rd Generation Partnership Project)が,MMDはCDMA2000方式を推進する3GPP2が,それぞれ標準化を進めている。名前こそ違うが,両者とも,IP電話で使われている呼制御プロトコル「SIP」(session initiation protocol)を基盤技術とする枠組みだ。

 これらの技術を固定網向けに拡張したのがITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化セクター)が規格化を進めている「IMS」。これがNGNのベースとなる規格だ。

 NGNの基盤プロトコルといえるSIPには拡張性がある。IP電話の呼制御に使われるだけでなく,先に紹介したプレゼンス情報もSIP上でやりとりできる。これは,「SIMPLE」(SIP for instant messaging and presence leveraging extentions)という仕様として決められている。

 SIPは,ITシステムとの親和性も高い。呼制御やプレゼンス情報が通信事業者だけのものだったこれまでは,コンピュータによる情報処理と呼制御を連携させるアプリケーションを開発するのは一苦労だった。電話交換機は,それぞれの電話事業者の要求仕様を基に開発され,事業者ごとに異なるプラットフォームを採用していたため,汎用のプログラム開発環境を利用できなかったためだ。

 しかし,NGNで状況は大きく変わる。ITシステムと親和性の高いSIPで,プレゼンス情報をやりとりし,NGNの呼を制御できるようになれば,アプリケーションを開発しやすくなるからだ。そもそもインフラがIPネットワークなので,さまざまなデータを扱うアプリケーションが考えられる。しかも,通信事業者に依存しないプログラムを開発できる。すでに,ITシステムの開発に使われるプログラム言語からSIPを制御するAPI(application programming interface)仕様やミドルウエアが数多く用意されている。例えば,JavaからSIPを制御する「JAIN(Java APIs for integrated network) SIP」などがそれに当たる。

 NGNを構築した通信事業者以外のサービス事業者が,プレゼンスや呼制御をハンドリングして構築するアプリケーションこそ,「NGNならでは」といえると筆者は考えている。こうしたアプリケーションは,今までのネットワークでは提供できなかったもので,NGNになって初めて可能になるものだからだ。

アイデアで次第で魅力あるアプリケーションが生まれる

 では,「NGNならでは」の具体的なアプリケーションとして面白みのあるものとはどんなものなのか。

 例えば,パソコンで相手とテレビ会議を利用している途中で,外出しなければならなくなったとき,携帯電話に通話先を移し,そのまま会話を継続させ,さらに別の場所のパソコンに到着したら,通信を切ることなくそのパソコンでテレビ会議を再開するといったアプリケーションは,NGNのしくみがないと実現しないものだろう。

 また,携帯電話でオンライン・ゲームにアクセスしているユーザーの中から知り合いを探し,その知り合いを誘って対戦ゲームを楽しむといったアプリケーションも,NGNのプレゼンス機能を活用することで実現できるものといえる。

 このように,呼制御とプレゼンスの機能を活用すれば,今までにないアプリケーションを開発することも可能になる。あとは,これらの機能を生かした魅力のあるアプリケーションを考えつくかどうかという「アイデア勝負」になるだろう。

 NGNが実用化され,斬新で魅力のあるアプリケーションが登場するのを待つとしよう。


 なお,例として紹介したNGNアプリケーションは,2月7日から東京ビッグサイトで開催される日経BP社のイベント「NET&COM 2007」のネットワーク最前線――NGNホットステージ――でデモを計画している。来場者の方も実際に触って体験していただける環境を用意する予定だ。ぜひ,NET&COM 2007の会場にお越しいただき,NGNの可能性を感じ取っていただきたい。