9月25日から26日にかけ、情報システムの世界で長年活躍されてきた方々に相次いでお目にかかる機会に恵まれた。会ったのは、ユーザー企業におられた方、メーカーやシステム販売会社などベンダー企業にいた方、両方である。色々な経緯を踏まえて訪問の日程を決めたところ、結果として時期が重なった。変化が激しいといされるIT(情報技術)の世界だが、人間が関わる仕事である以上、本質は今も昔も、そして将来も変わらない。先達との会話の中で印象に残った言葉をいくつか紹介する。

ITプロと歯科医の共通点

 9月25日午後1時、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の細川泰秀専務理事を訪ねた。細川氏は新日本製鉄で情報システムの仕事をした後、同社のITビジネスも手掛けたので、ユーザーとベンダーの両方の立場を経験している。日経コンピュータの編集長インタビュー欄に登場頂くことになり、編集長の桔梗原と筆者、若手記者で訪問した。細川氏には日経コンピュータにコラムを執筆頂くことになっており、筆者が担当編集者になったので、挨拶すべく編集長に同行したのである。

 インタビュー記事やコラムは順次、日経コンピュータ誌に掲載される予定なので、ここではインタビューの冒頭、細川氏が指摘した「ITプロフェッショナルと歯科医は似ている」「土木技術者と内科の医師は似ている」という点について書いてみたい。

 何をもって「似ている」と判断するのか。それは「他人の仕事を論評するか否か」である。新しい歯科医にかかって歯を見せると、「どこ(の歯科医)にかかりましたか。ひどい仕事ですね」と、それまでかかっていた歯科医を批判されることがある。仕事の結果が外から見えてあれこれ論評される点ITの世界も通じる、と細川氏は言う。ユーザー企業はコンピュータ・メーカーやシステムインテグレータの営業攻勢を受ける。「御社の現状のシステムは仕事の実態に合っていません。どこに頼んでこのようなシステムを作られたのでしょう」と聞かれたりする。

 これに対し、内科医師の場合、他の医師を否定することはあまりない。土木の世界においても「あの設計は悪い」と他人の仕事を論わないという。その理由は、人間の体内も、地面の下も、ともに見えないからかもしれない。細川氏は以上のような話をした。これは話の枕であって、細川氏は「問題がある時、人を批判する前に、自分でまず対策を立てるべき」と言いたかったのである。

 実際、ユーザーとベンダーの狭間で起こる情報システムの諸問題を解くために、JUASは様々なアンケート調査を実施したり、研究活動を手掛けている。アンケートで、ユーザー企業に不満を聞くと「ベンダーに提案力がない」という回答が必ず首位になる。一方、ベンダーは「ユーザーがやりたいことをまとめられないからシステムをきちんと作れない」と指摘する。「相手をいくら批判し続けても無意味。そこでユーザー側が要求仕様をまとめるべきに、何をしなければならないかを研究し、要求定義書のひな型を作ったりしている」細川氏)。

30年間、前傾姿勢

 細川氏のインタビューを終えた後、東京駅から新幹線に乗って名古屋へ行き、18時30分から始まった会合に出席した。あるユーザー企業で30年前、プロジェクトチームを組んでいたベテラン達の“同窓会”に入れてもらったのである。このプロジェクトは、数人の少数精鋭体制で進められ、基幹系システムを産み落とした。

 会合の出席者は、ユーザー企業で実質的な情報システム責任者であった方、プロジェクトに参画したコンピュータ・メーカーのSEであった方、それからITproのWatcher欄に『SEは中流を目指せ!』を連載している戸並隆氏、といった面々であった。このプロジェクトについては戸並氏が『団塊世代の火事場の馬鹿力』、『再考2007年問題掲載(1)「団塊世代の火事場の馬鹿力」について』など、ITproに数回にわたって書いている。ユーザー企業のシステム責任者は一線から引かれ、メーカーのSEであった方は、ソフト会社の取締役を務めている。

 ベテラン達の同窓会は4時間近くに及んだ。筆者がちょっと驚いたのは、30年前のプロジェクトについて、出席者が最近の出来事のように話し合っていたことだ。むやみに懐かしがっているわけではないし、ましてや現在と比較して愚痴を言うわけでも勿論ない。現役のプロジェクトメンバー達がその日の一仕事を終えて、夕食を兼ねた飲み会を開き、仕事についてあれこれ話している、といった感じであった。

 途中から筆者は、いわゆる昔話に陥らないのはなぜかと考えていた。その所以は「新しいテクノロジーを使ってビジネスをどう改革するか、いつもそのことばかり考え抜いてきました。改革がうまくいけば現場から感謝される。面白いしやりがいがありました」と語るユーザー企業のシステム責任者の姿勢にあったと思う。ちなみに同窓会の会話は三河弁で進められたが、筆者はそれをうまく表現できないので、上記発言は標準語で記述した。

 過去の技術ややり方にとらわれず、新しいことに挑戦する。現場部門とも積極的に関わってプロジェクトを進める。こうした前傾姿勢が不変なので、昔の話をしている感じがしないし、ましてや被害者意識などみじんも感じられない。

 会合でのやりとりは、ユーザー企業の経営陣にシステム投資をどう説明するか、要件をどうまとめるか、ビジネスとテクノロジーの両方が分かる人材をどう育成するか、メーカーのSEが果たすべき役割は何か、といった内容に及んだ。30年前どころか、おそらく30年後も議論していることばかりである。どのような話が出たか、戸並氏に書いてはどうかとメールを送ったところ、「それを書くのはあなたの仕事」という主旨の返信が送られてきた。筆者がITpro上で何かをしますと宣言すると空手形を出しただけに終わることが少なくなく、これ以上、新規の手形を切るのはどうかと思ったが、このプロジェクトや同窓会にまつわる件は、ITproないし日経コンピュータにおいて書きたいと思っている。