蛇足:筆者がPLCを推進する立場に立ったワケ

 蛇足かもしれないが,最後に,筆者がPLCを推進する立場に立つ理由を明らかにしておきたい。理由は三つある。

 まず一つめの理由は,全世界的に見てPLCがブレイクする可能性がまだ残っているからだ。それも,当初考えられていた建物への引き込み線技術としてだけでなく,建物内/家庭内の伝送技術としても注目されつつある。

 スペインでは電力会社を中心にアクセス系としてPLCの導入が進んできたが,ここにきて大手通信事業者のテレフォニカが宅内用にPLCの導入を始めた。ADSLで宅内までブロードバンド回線を引き込み,PLCを家庭内ネットワークの構築手法として使うという構成である。すでに数千ユーザーが利用しているという話だ。

 アクセス系でもまだまだPLCを採用する動きがある。

 伊藤忠商事によると,フランスではパリを中心に86の自治体で,アクセス系にPLCを採用しようという動きが活発になっているという。2007年から設置する予定のPLCモデムの入札が始まっており,最終的には150万の加入を目指している。

 お隣の韓国は,PLCを国策として推進している。韓国の場合は,引き込み線部分にPLCを利用し,電気メーターの検針を行う。これに加えて,インターネットのアクセス回線や家電制御などの用途に利用しようと,試験運用を進めている段階だ。

 韓国のこの動きは,WiMAX(韓国ではWiBro)に対して取った政策とダブって見える。結果的に世界で広く普及しないと先行投資が無駄になる恐れはあるが,実際の機器を使って実用環境で試すことは,技術開発に大きく役立つ。ギャンブル的な要素はあるが,韓国がWiMAXに続く二匹目のドジョウを狙っているといえるだろう。

 こうした状況を見ると,PLCにはまだ将来性が残されていると考えざるを得ない。今,日本メーカーがPLCの開発を中止し,将来的にPLCが世界的に普及するようなことになると,国益を損なうことになる。

 二つめの理由は,国産の高速PLCには技術的優位点があるからだ。

 欧州やアジアなどの一部の国では,すでに高速PLCを実用化しているが,ノイズ対策はほとんど採られていないという。しかし,他の無線通信のノイズになる電磁波をむやみやたらと発生させていいわけがない。「電波環境を守る」という考えが基本としてあるのは,どこの国でも同じはずだ。

 一方,日本国内では現在,各メーカーが厳しい許容値を満たすPLCモデムを開発している。これは「電波エコロジー」的に見て価値がある。つまり,発生する電磁ノイズを抑えつつ高速伝送を実現するPLCモデムを開発する技術に関しては,日本は優位な立場にいるわけだ。仮に,すでに高速PLCを実用化している国で,高速PLCの出す電磁ノイズに制限を加えられることになったとしても,国産メーカーはすぐに対処できるだろう。国際的な競争力がある技術を,みすみす放棄することはない。

 三つめの理由は,PLCが発する電磁ノイズによる影響を受ける側でも,新しい技術での回避策がありそうだから。

 例えば,高速PLCによる影響を大きく受けると考えられているアプリケーションに短波ラジオ放送がある。国内唯一の短波ラジオ局である日経ラジオ社の林 政克・技師長は,「窓の近くに置いてあるラジオに高速PLCからノイズが入り聞きにくくなったら,クレームは放送局に来る。最悪,リスナーが離れていく。合法的に事業をつぶされるのは納得がいかない」と憤りを隠さない。

 しかし,その一方で,短波ラジオをディジタル化することで,ノイズの影響を軽減し,いまよりも明瞭な音質のラジオ放送を提供できる可能性があることを説明してくれた。すでに,欧州や豪州の一部の短波ラジオ局では,ディジタル方式の短波ラジオ放送を実験的に提供しているという。

 短波ラジオ放送がディジタル化されたからといって,PLCが発するノイズの影響をすべて解消してくれるわけではない。しかし,ノイズ耐性は確実に向上する。すでに何千万台と出荷されている短波ラジオがすべて,ディジタル化したものに置き換わるには長い時間がかかるだろう。しかし,技術は進歩するもの。ディジタル化され,ノイズのないクリアな音質の短波ラジオ放送が登場する日がいつか来るだろう。

■修正履歴■
短波ラジオ放送のディジタル化で,PLCのノイズ問題がすべて解決するように誤解される表現があったため,最後から2段落目の「いまよりも明瞭な音質のラジオ放送が可能であることを」の部分を「いまよりも明瞭な音質のラジオ放送を提供できる可能性があることを」に修正しました。また同様の理由で,最終段落の最初に「短波ラジオ放送がディジタル化されたからといって,PLCが発するノイズの影響をすべて解消してくれるわけではない。しかし,ノイズ耐性は確実に向上する。」の一文を追加しました。
(2006/08/30,日経NETWORK編集)