景気回復を背景に,ここ数年停滞気味だった中小企業のIT投資がようやく復活の兆しを見せている。ノーク・リサーチの「中堅・中小企業のIT導入実態調査」やIDC Japanの「国内IT投資動向」を見ると,中小企業向けIT市場は2010年に向けて,大企業を超える伸び率が期待されている。

 こうした状況を受けて,最近「中小企業向け」と銘打った製品が,様々なベンダーから発表されている。

 例えば,NECは7月3日,中小企業がブロードバンド・オフィスを構築するための製品群「UNIVERGE OneMillionソリューション」を発表した。ブロードバンド・オフィスとはNECの用語で,「ブロードバンドの活用でコミュニケーションを効率化したオフィス」のこと。具体的にはSIP(セッション・イニシエーション・プロトコル)対応のテレフォニー・サーバーとIP電話を中心に,無線LANシステム,アクセス・ルーターなどを組み合わせたIPネットワークで実現される。

 UNIVERGEソリューションは,「ITと通信の統合」を掲げて,NECが数年前から発売している製品群であり,これまでは「主に大企業や官庁関係を中心に導入されてきた」(NECの都筑一雄エンタープライズ事業本部長執行役員)。その製品群の中から,中小企業向け市場に力を入れるために改めてパッケージングしたのが,UNIVERGE OneMillionソリューションである。

 NECはUNIVERGE OneMillionソリューションの何を持って,「中小企業向け」と位置付けているのか。顧客から見ると,まず価格の安さがある。従来のUNIVERGEソリューションでIP電話システムを構築しようとすると,構築費用は軽く数百万円に膨れ上がる。これをOneMillionソリューションでは,テレフォニーサーバーとマルチレイヤースイッチ,ソフトフォン50台分のライセンス,ハードフォン5ユーザー分のライセンスを基本セットとして,価格を製品名と同じOneMillion(100万円)に抑え込んでいる。基本セットを構成する製品自体は,従来のUNIVERGEソリューションと同じものだが,ライセンス数やネットワークの構成パターンを類型化して,価格を安くしているのだ。システム・インテグーレション費用は別立てだから,ライセンス数が制限以内でも100万円では済まないが,それでも「従来のUNIVERGEソリューションで同じようなIP電話システムを導入する場合に比べて,構築費用は半額程度に収まる」(都筑執行役員)という。

 もう1つ,NECがOneMillionソリューションを「中小企業向け」と位置付ける理由には,売り手側にとっての“手離れの良さ”がある。中小企業向け商品の多くは,やはり中小の販売代理店を通じて顧客へ提供される。このため,あまり高度な技術ノウハウを必要とする製品は売りにくい。特に,UNIVERGEソリューションの中核であるIP電話システムの販売には,電話とIT両方のノウハウが必要となるが,中小企業を相手とする販売代理店の多くは,電話なら電話,ITならITというように得意分野が限られている。そこで,NECは販売代理店にOneMillionソリューション用のIP電話システム構築支援ツールを提供。なおかつ顧客企業には,ネットワーク構成などを類型化したパターンから選択してもらうことで,販売代理店が比較的簡単にIP電話システムを導入できるようにしている。

 さらに言えば,「中小企業向け」商品では,大企業向けに比べて1案件当たりの受注価格が安い。“手離れの良い”仕組みを用意しなければ,販売店側の「持続可能なビジネス」が難しいという事情もある。

 「価格の安さ」と「(売り手にとっての)手離れの良さ」という特徴は,他の中小企業向け製品でも共通している。

 日本ヒューレット・パッカード(HP)が6月23日に発売した「HPセキュリティ監査スタートアップ・サービス」は,シマンテックの監査ツール「Symantec Enterprise Security Manager(ESM)」を利用した中堅・中小企業向けのセキュリティ監査サービスである。価格は,「サーバー5台で157万5000円から(ただしESMのライセンス費用は除く)」で,他社が提供する同種のサービスよりも安く抑えている。その代わり,本来は顧客ごとのセキュリティポリシーに合わせてカスタマイズするESMのテンプレートを,「日本HPのノウハウをもとに作成したスタートアップ・サービス専用の基本テンプレートを使用する」(HPセキュリティ監査スタートアップ・サービスのリリースより引用)ことで,手離れの良さを実現する。

 こうした中小企業向け製品を見ていて疑問に思うのは,「手離れの良さ=価格の安さ」を受け入れる代わりに,中小企業はどの程度の「不自由」を我慢しているのだろうか,ということだ。もちろん,追加料金を払えばカスタマイズは可能だろうが,せっかくのお値打ち価格が,大企業向けの標準製品と変わらなくなってしまう。そもそも,中小企業相手の販売代理店では,希望通りのカスタマイズを実現するだけの技術的ノウハウを持たない可能性もある。

 売り手側の手離れを良くするための「テンプレート」が,カスタマイズ無しでどこまで通用するのか。中堅・中小企業のIT化をウォッチしていく上で,一つのポイントになるだろう。