毎回毎回同じことを繰り返しており進歩がない。コンピュータ・プログラムで言えば無限ループの状態である。したがって仕事が面白くない。こう感じるようになったのは2001年ごろ,もう5年も前である。面白くないなら仕事をする居場所を変えるべきだと考えてあれこれ画策した末,2002年の夏に長年所属していた日経コンピュータ編集部を離れ,新しい雑誌の開発を手がけることになった。本当はもっと大胆に仕事のやり方を変えようとも思ったのだが,筆者に度胸がなかったので,劇的な案はお蔵入りさせた。

 2003年から2005年末までの3年間,日経ビズテックというメディアの開発プロジェクトを担当した。この仕事は今も続けているが,「諸般の事情」により今年から日経コンピュータに再度深くかかわらざるを得なくなった。それに伴って昨年末から今年の正月にかけて,ITや情報システムについて改めて考えてみた。「諸般の事情」について言いたいことはたくさんあるが,IT Pro読者の皆様には関係ない。本稿では,情報システムに関してあれこれ考えたことを報告する。ITや情報システムの世界に漂っている閉塞感の打破につながる話と思うからである。

毎回毎回同じ話

 冒頭で無限ループという言葉を出した。「ああ,また同じことが繰り返されている」「問題点は指摘済み,解決策も以前から論じられている。でも実行されない」。ITの世界を取材していて,こんな感想を抱くようになったので,無限ループと表現してみた。

 一例を挙げると,ITの世界における新製品の登場である。有力IT企業が大型の新製品を市場に出すと,その製品の解説,導入したユーザー企業の事例,その製品を扱うIT企業の動向,といった記事が大量に発信される。しばらく盛り上げた後,「○○製品の落とし穴」といった題名の記事が掲載され,手のひらを返したように,その製品の問題点を指摘する。製品ではなく,開発方法論とかシステム・コンセプトといったIT利用の新しい考え方についてもまったく同様の報道がなされる。

 以上の文には主語がない。あえて書けば,マスコミとかメディアとなるが,誰かが明確な意図を持って流行を作ったり,打ち切ったりしているわけではない。なんとなくそうなっている点にこそ問題があるわけだが,とはいえ一連の報道にまったく意味がないわけではないし,筆者も過去10数年間似たようなことをしてきた。だが,少なくとも筆者はこうした報道のやり方から脱したいと5年くらい前から思うようになった。

 流行を作らず,追わず,批判もせず,IT利用の本質を追求する---。そう意気込んだとしても,そこにも無限ループが待っていた。

 筆者が長年追求してきたのは,情報システムが計画通りに機能しない「動かないコンピュータ」の問題なのだが,こちらについても同じようなことを繰り返し書いてきた。例えば次のような話である。

 動かないコンピュータの発生原因は,経営者の要求とIT部門およびITベンダーの取り組みにずれがあること。したがってIT部門とITベンダーは経営者やビジネス部門にもっと近づき,経営やビジネスの要求を理解してシステムを作らなければならない。要件定義をしっかりやらないといけないから,ITプロフェッショナルはITの知識だけではなく業務知識も持つべきである。ITベンダーは全社をあげてソフトウエア・エンジニアリングに取り組め。ユーザーもベンダーもプロジェクトマネジメントを導入せよ。

 振り返ると筆者は手を変え品を変え,上記の主張を繰り返してきたように思う。大げさに言うと日経コンピュータ誌は創刊以来,延々とこう説いてきたし,今でもそうしている。こうした主張はどれも間違ってはいない。ただ,筆者にとっては無限ループに見えてしまう。

 3年ほど前,「ITプロフェッショナルに要求定義はできない」といった題名の「記者の眼」を書き始めた。プロジェクトマネジメントの重要性に関しては随分書いたので,要求のとりまとめや要件定義の問題を取り上げようとしたのである。題名は例によって,多くの人に読んでもらおうと付けただけで他意はない。いくつかの事例を取材し,識者の意見を聞き,論旨をまとめ,原稿の下書きまでしたにもかかわらず,実際に書き出すとどうにも気乗りがせず,そのコラムの執筆は中断したままになっている。数行書くと「ああ,これは前に書いた」と感じ,さらに数行書くと「読者はそんなことは分かっている,というだろうなあ」と考え込む。この繰り返しで,筆が進まなくなってしまった。

3年ぶりにIT産業を考える

 というわけで,IT利用の本質を追求するべく,その関連の原稿を書こうとすると,無限ループ状態に陥るようになった。これではいけないと考えた末,IT Pro読者のプロフェッショナル諸兄には恐縮だが,ITの世界からいったん逃避してみた。それが最初に述べた日経ビズテックの仕事である。2002年から2005年にかけてIT Proにはほぼ定期的に原稿を書いていたものの,日々の仕事量の9割以上はビズテックにあてていた。
 
 ビズテックのテーマは,「テクノロジーを生かして新しいビジネスを創る」というものであり,製造業の新製品開発プロジェクトが主な題材になった。事業モデルをどう作るか,製品コンセプトをどうまとめるか,技術開発をいかにマネジメントするか,といった話を取材したり,寄稿してもらっていた。サービス業が技術を利用して新規事業を開発する場合は,ビズテックの取材対象になる。一方,ITベンダーが新製品を出す話はビズテックに取り入れるが,ユーザー企業がITを利用する話には立ち入らないようにしていた。

 ビズテックの第10号が発行され,仕事が一段落しかけた昨年末,ある大手システム・インテグレータを訪問する機会があり,そのときに同社の若手社員から「日本のIT産業の将来性をどう考えているのか」と質問された。筆者は質問をするのは仕事柄慣れているが,質問されるのは苦手である。その場でうまく答えられなかったので,事務所に戻ってから考えてみた。

 3年間,IT産業から離れ,製造業やサービス業を取材し,その上で改めてIT産業の将来を考えた結論はどのようなものになったか。「IT産業の将来は明るい」。いささか唐突だが,これが結論になった。年明けに公開される本記事のために,無理矢理明るいことを考えたわけではない。冷静に考えて他の産業と比較してみたところ,かような結論に到達したのである。

 IT産業というとテレビ局の買収を考えるインターネット・ベンチャー企業を指すこともあるから,まず定義をしたい。将来が明るいと筆者が考えたのは,「情報システムやコンピュータ・ソフトウエアの企画設計開発運用にかかわるビジネス」である。

 現状はともかくとして,このビジネスは本来,知的産業である。頼りになるのは人間の頭であり,大規模な工場も,大量の原材料もいらない。公害の懸念もない。国土が狭く,資源はほとんどなく,高学歴の国民がたくさんいる国,つまり日本に適したビジネスと言える。将来が明るいというより,とにもかくにも日本が力を入れることが望ましいビジネスと思う。

 しかも,このビジネスの需要はまだまだ伸びる。いわゆる企業情報システムの市場は停滞しているように見えるが,経営や事業の変化に合わせて,企業情報システムを大きく作り替える時期が来ている。さらに,企業情報システム市場とは別に,組み込みソフトウエアの市場がある。よく言われることであるが,家電製品でも自動車でも,製品開発においてソフトウエア開発が占める比率は高まっている。組み込みソフトウエア市場の現状はともかくとして,その需要は間違いなく伸び続ける。