先日,経済産業省などが20歳以下の若者を対象に開催した「U-20プログラミング・コンテスト」の審査会に立ち会う機会があった(関連記事)。それは記者にとって予想以上に楽しい経験だった。

「ネットワークでチョークが飛んでくる黒板シミュレータを」

 プレゼンテーションでは作者がプログラムにこめた思いを審査員に語る。個人部門の最優秀賞を受賞した神奈川県立多摩高等学校普通科2年 秋山博紀氏の,チョークの粉が落ちる黒板シミュレーション「AKI黒板 Ex」のプレゼンテーションでは「黒板消しで字を消すと,拭き後がうっすらと残るようにした」(秋山氏)などの“こだわり”に「円を書くコンパスが欲しい」,「ネットワークでチョークが飛んでくる機能を」など,多くが教育関係者である審査員からも次々とアイデアが提案される盛り上がりとなった。

 また団体部門の最優秀賞を受賞した沖縄県立球陽高等学校理数科3年石田智也氏,赤嶺一樹氏,比嘉慎吾氏ら「偏差値部」の,グラフを携帯電話で描画するiアプリ「iPenGraph」のプレゼンでは,「工夫を重ねプログラムのサイズ30Kバイトにおさえた」という苦労談に,審査委員長の石田晴久氏が「昔は小さな記憶装置にプログラムを必死に詰め込んだものだ」と深くうなずく。

 「ソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)」と「2ちゃんねる」を融合したシステム作るという壮大なチャレンジもあった。「LiFre L1」で個人部門の優秀賞を受賞した函館ラ・サール高等学校2年の矢萩寛人氏は「SNSの持つ“人のつながり”で,僕の大好きなインターネットを安全にしたい」と訴えた。しかも商用のSNSに迫る機能を持つシステムを実装し,ビジネスモデルまで意識している。脱帽である。

 ほかの参加者の作品も,いずれも熱意やひらめきが感じられるもので,記者は,素直に才能に溢れた彼らを応援したい気持ちになった。

単価が安いからと中国やインドに出される「プログラミング」という仕事

 一方で,ちょっと心配にもなった。彼らのほとんどは,プログラミングだけしかできないというタイプではない。機知に富み,社交性もあり,目標を達成する意志力もある。前途有望な彼らの目には,プログラマというのは魅力的な職業と映っているのだろうか。

 というのも,我が国のIT産業では,プログラマは長らく,プロジェクト・マネージャやコンサルタントになる過程での通過点というイメージがつきまとっていたからだ。プログラミングという仕事は,単価が安いからと中国やインドにアウトソースされる労働力として扱われてきた。

 その理由は,プログラマに「創造性」が求められていなかったからだと,記者は考えている。詳細設計書をプログラミング言語に書きかえる仕事は,誰が書いても同じアウトプットが得られることが重要で,属人性を排することが求められる。いきおい,判断基準は時間当たりのステップ数に近付く。

 研究開発にしても,残念ながら欧米で生まれた概念を自社のプラットフォーム向けに実装することに多くの労力が向けられていたと思う。オリジナリティの少ない実装に,多くの付加価値は望めない。

イノベーションの主体が組織から個人に

 だが,このような状況は変わりつつあると記者は感じている。

 確実に言えるのは,ITの世界で,イノベーションに果たす個人の役割がきわめて大きくなってきていることだ。Linuxは当時一大学院生だったLinus Torvalds氏が始めたプロジェクトであり,MySQLも小さな企業の1人のプログラマが開発し公開したソフトウエアだった。

 インターネットによって,個人もしくは個人を基礎にした小さなグループが,アイデアを形にして,それを全世界に配布することができるようになった。個人によるアイデアの創出とその実装が,組織によるものと比べて劇的に多くの試行錯誤を可能にした。この膨大な,しかもコストの低い試行錯誤がイノベーションを生み出す源泉となっている。

 そしてそのためには,アイデアを形にするための実装力が決定的な役割を果たす。またアイデアを生み出す上でも実装に関する深い知識が不可欠だ。

 経産省が「U-20プログラミング・コンテスト」や「未踏ソフトウエア」,「セキュリティキャンプ」などで個人の,特に若年層のIT技術者の支援や発掘に力を入れている理由もここにある。イノベーションを生み出せる個人の存在が,日本のIT産業の競争力を左右すると経産省は考えている。

「優秀なプログラマには5倍の年収を払う」

 ユーザーの求める仕様に基づいてシステムを作る場合でも,技術者の力量がその生産性や品質を大きく左右する。ソフトウエアの生産性はプログラマによって大きく違うと昔から言われていたが,オープンソース・ソフトウエアの普及はその格差を劇的に広げている。

 優秀なプログラマの生産性が高いのはタイピングが速いからではない。バグが少ないこともあるが,既存のライブラリやコードを素早く理解し使いこなすことで,効率のよいコードを作成できる面が大きい。

 現在,世界中に膨大なオープンソースのコードがあふれている。スターロジック 代表取締役兼CEO 羽生章洋氏は「我々にとってGoogleは最も重要なツールのひとつ」という。「我々が悩むようなことは必ず世界のどこかで同じように悩んだ人がいて,すでにコードを書いているはず」。実際同社では,Googleで探し出したツールを実際のシステムでも活用し,開発効率を劇的に高めている(関連記事)。

 こうした高い生産性に見合う報酬を払う,という企業も出てきた。例えば携帯電話向けソフト会社KLab CTO 仙石浩明氏は「優秀なプログラマと普通のプログラマの生産性は100倍違う。当社では,優秀なプログラマには,100倍とまではいかないが,普通のプログラマの5倍の年収を払う」という。

 記者はオープンソース・ソフトウエアを主に追いかけている。その理由は,2つある。1つは時代が変わる過程に立会いたかったこと。「無料のソフトウエアがビジネスの主役になる」というのは,数年前には考えられなかった,常識が覆る変化だった。

 そしてもう1つは,オープンソース・ソフトウエアを使ったり作ったりしている技術者が,皆楽しそうに仕事をしていたことだ。ちょうどU-20プログラミング・コンテストの審査員をつとめていたまつもとゆきひろ氏は,オブジェクト指向プログラミング言語「Ruby」の開発者。技術力があれば,個人でも世界的に普及するソフトウエアを生み出せる。

 まつもと氏のようなソフトウエア作者だけでなく,オープンソース・ソフトウエアを使う立場のインテグレータも,皆楽しそうなのだ。オープンソース・ソフトウエアを使ってシステムを構築すると,メーカーに責任を転嫁できない。同時にメーカーの「問題として認識しましたが,次のバージョンで修正されるかどうかは未定です」といった回答に苛立たされることはない。問題を修正したり改良するために必要なソースコードはすべて目の前にある。その覚悟と手段を持っていることが,彼らが楽しそうに仕事をしていた理由ではないかと感じている。

「47歳でデビュー」

 最後に,プログラマがキャリアの通過点でなくなる時代は来るだろうか。

 U-20プログラミング・コンテストの審査員を務めたミラクル・リナックス取締役の吉岡弘隆氏は「今年,ついにLinuxカーネル・コミュニティへデビューした」と嬉しそうに話していた。彼の書いたパッチがAndrew Morton氏がメンテナンスするLinuxカーネルに採用されたのだ。Linuxベンダーがカーネル開発に参加するのは当然かもしれないが,吉岡氏は今年47歳。47歳にしてカーネル・ハッカーのスタートラインに立ったわけだ。その目標は「生涯一プログラマ」だそうだ。