日経コミュニケーションはほぼ2年前の2003年9月8日号に,「登場目前!モバイル・セントレックス」(注1)という特集記事を掲載した。携帯電話事業者3社が計画していた,携帯電話を使う内線システムをスクープし,“モバイル・セントレックス”と名付けた記事である。それから2年,モバイル・セントレックスを取り入れて新しい内線電話システムを稼働させた企業がいくつも現れている。

注1:「モバイル・セントレックス」ついて詳しく理解されたい方は,こちらこちらをまずお読みいただきたい。その際にはNTTドコモの「PASSAGE DUPLE」,KDDIの「OFFICE WISE」,ボーダフォンの「ボーダフォン・モバイル・オフィス」(VMO)の各サービスの違いを意識していただけると,以下の記事をより理解しやすくなるだろう。

 しかし,月日を重ねるうちにモバイル・セントレックスを取り巻く環境は大きく変化した。モバイル・セントレックス自身の定義までが変容している。当初は「携帯電話事業者が,携帯電話を使って企業の内線電話をアウトソーシングするサービス」だったが,PHSや無線IP電話を取り込み,「無線電話を使って企業の内線を構築するシステム全般」に変わっていった。

 そこでモバイル・セントレックス登場からの2年間で,このシステムが企業ネットワークにもたらしたインパクトを振り返ることにした。

インパクト1■ 社内で使う携帯電話が定額になった

 携帯電話事業者は「ダブル定額」や「パケホーダイ」といったデータ通信の定額メニューを始めているが,音声通話を定額で利用できる料金プランはまだ提供していない。音声通話の定額制は,携帯電話事業者が手放していない最後のとりでとも言える。しかし,これが企業ユーザー向けのモバイル・セントレックスでは解禁されているのだ。

 企業ユーザーがモバイル・セントレックスを前向きに検討し始めた理由の一つはここにある。しかも,社員に持たせる携帯電話の通話コストが増加していた。中には社員が内線電話を使わずに,携帯電話を使って話をするという無駄も発生していた。モバイル・セントレックスを導入すれば,たとえ携帯電話を使っても内線電話なら料金を定額,あるいは固定にできる。

 KDDIの場合,IP電話を使った内線電話が月額1000円程度の運用コストで提供されていることから,「月額900円でかけ放題」(実際は消費税込みで945円)という料金を設定。固定型IP電話からの優位性をアピールした。NTTドコモの方式は内線では携帯電話ネットワークを使わないため,内線に限れば通話コストは発生しない。

インパクト2■ 「無線LANに音声を流す」が一般化した

 数年前までは,無線LANに音声のVoIP(voice over IP)パケットを載せることは非現実的だった。有線よりも通信が不安定な無線に,遅延などの影響で音質が悪化する音声を流すには,クリアすべき課題がいくつもあったのだ。2年前はちょうど,米シスコシステムズが無線IP電話機を日本で出荷したころ。IP電話システムを導入する企業はいくつかあったが,ほとんどが有線LANにIP電話をつなぐ固定型だった。

 しかし,NTTドコモのFOMA携帯電話と無線LAN通信を一体化した専用端末「N900iL」が状況を一変させた。N900iLは社内ではIEEE 802.11b方式無線LANで通信する無線IP電話として使う。出荷時期こそ2004年4月から11月までずれ込んだが,その前後から内線電話に無線LANを採用する企業が続々と現れ始めた。その中にはN900iLではなく,携帯電話機能を持たない無線IP電話機を採用した企業もあった。

 ただ企業が導入した時点でも,11b無線LANを使う音声通話には課題が山積していた。有線よりも不安定な無線であることや,さらに11b無線LANが使う2.4GHz帯が他の無線LANシステムや電子レンジなどからの干渉を受けることなどだ。このほかにもアクセス・ポイントの配置や,無線LANスイッチと端末間の相性など様々な要素が絡み合う。

 こうした状況から,構築を請け負う事業者やシステム・インテグレータにはノウハウが蓄積されていった。例えば,無線LANを使うパソコンのデータ通信が音声通話に影響しないよう,データ通信と音声通話を別の周波数帯に分けるなどの手法が定着し始めている。

インパクト3■ PHSが内線インフラとして再浮上した

 携帯電話事業者が打ち出したモバイル・セントレックスに対抗する形でPHSも新サービスを投入。ここへ来て企業内線システムの新たな選択肢として浮上してきた。

 公衆PHSサービスは,この2年のうちにNTTドコモとアステル・グループがサービスの撤退を決めている。残るDDIポケットは米カーライル・グループに買収され,2005年にウィルコムとして生まれ変わった。その一方でPHSを使ういわゆる構内PHSは,モバイル・セントレックスの影響をもろに受けた。例えばNTTドコモのN900iLを導入した宝島社は,構内PHSシステムから内線電話システムを切り替えた。

 しかし今年になってから,構内PHSシステムを稼働させた企業が登場している。神戸製鋼所は,KDDIやNTTドコモのシステムと比較検討したうえで,あえてウィルコムのPHSを選択した。検討時に携帯電話事業者のサービスでは対応できない課題を,PHSがクリアできたからだ。