「記者の眼」欄の締切日が近づいたので,IT Proの井上編集長に電話をして,執筆内容について相談した。前から気になっていた,ある問題を書きたい,と告げたところ,井上編集長は「うーん。確かにその話は重要ですが,書いて公開するのはもうちょっと先にしたほうがいいんじゃないかなあ」と難色を示した。

 これは珍しい。IT Proに向けて積極的に原稿を書くようになって3年ほど経つが,過去に内容の申告をして井上編集長から掲載を拒否されたのは1回しかなかった。正確に言うと,原稿まで書き上げて送ったのだが,没になった。ちなみに,その原稿は「IT産業における女性の活躍」について書いたもので,不掲載の理由は「無理矢理書いている感じがして,心にあまり響かない」というものであった。

 折角書いたのにお蔵入りとは勿体ないと,その長い原稿を分割して,自分のWebページで公開した。現在,その記事は閲覧できないので,幻の原稿になっているが,「女性の活躍」をわざわざ取り上げること自体,企画としてまずかったと思い返している。ここまで書いて,IT産業で活躍している,ある女性に「新聞などで,女性の時代,などという記事を見ると,まだそんな意識で新聞を作っているのか,と腹が立ちますね」と言われたことを思い出した。

 さらに別なことを思い出したので,少し脱線する。20年ほど前,記者になって一年目か二年目に,「女性プログラマの活用」という企画を日経コンピュータ誌の編集会議で提出したことがあった。「女性は編み物が得意,プログラミングは編み物に似ている」という,ここに書いているだけで,呆れてしまう説明をした。当時の編集長は,「この企画は没。理由をいう必要はない」とだけ言った。編集会議の後,先輩記者に呼ばれ,「谷島君ねえ,男だって,いいプログラムをかく人はたくさんいるし,女性だってシステム設計やマネジメントができるんだよ。馬鹿な提案はしないように。みんなの時間の無駄」と叱られた。

 確かに,知り合いをちょっと思い出しただけで,社長,営業職,コンサルタント,システムズエンジニア,プログラマ,プロジェクトマネジャ,マーケティングなど,様々な職種で活躍している女性がおられる。皆,怖いくらいに強力な方々である。そうした女性たちを紹介しようとしたのが,没になったIT Proの原稿だったのだが,考えてみると筆者はいまだに女性を特別視する気持ちを持っているのかもしれない。

 知り合いの女性に,ある企業の情報システムの企画・設計・開発(協力ソフト会社の管理),テスト,運用,トラブル対策まで担当している人がいる。彼女は時々,電子メールを送ってくるが,最近激務が続いたらしく,9月のはじめに来たメールを見ると,ややお疲れのようであった。メールであっても,文面を見ると,その人の状況が読みとれるのである。

 たまたま,ある原稿を書いていたので,その原稿が完成した段階で,彼女に送った。それは,斬新な掃除機を発明し,開発したジェームズ・ダイソン氏に関するものであった。原稿の題名は「ダイソンしていますか?」である。IT Proの兄弟サイトであるTech-On!に公開されているので,お時間のある方は,ぜひ読んでいただきたい。ダイソン氏は,筆者が編集に関わっている日経ビズテック誌の第4号に「価格三倍の掃除機が売れる理由」という原稿を寄せてくれた。
 
 さて,「一人数役」の彼女からは,「ダイソン氏の『僕の話は,自分の夢が分からず屋の圧力で消えていくのを感じたことがあるすべての人に希望を与えるはずだ』という言葉が心にしみました」という返信が来た。

 このダイソン氏の言葉は,彼の自伝『逆風野郎!』(原題は『against the odds』)から引用したものである。この本には印象に残る言葉がたくさん散りばめられている。筆者のお気に入りの一つを,Tech-On!のコラムに引用した。IT Pro向けに別な言葉を紹介する。これも読み返すたびに,元気が出る言葉である。

決して僕を筆頭にした親分子分の集団じゃなかった。僕らは,「世界に挑戦できる掃除機をデザインする」ってミッションを背負ったものすごくエキサイティングなバンドだった。このチームで僕はやっと,自分が信じていたことを誰にも邪魔されずにすべて実行に移すことができたんだ。

 彼女の返信を読んで,最近聞いた「元気が出る言葉」をいくつか書いてみようと思い立った。実は,電話で話したIT Proの井上編集長もまた,少しお疲れ気味だったからだ。
 
 「元気が出る」かどうかの判断は,筆者の主観で下す。「最近聞いた」とあるが,ご当人に会って聞いた言葉だけではなく,電子メールで遭遇した言葉も取り上げる。

 仕事関係のものがほとんどなので,筆者がここ一,二週間,誰と会って何をしていたか,分かってしまうだけではなく,仕事の宣伝をすることになってしまうが,それはご容赦いただきたい。これも余計なことだが,本コラムは何の役にも立たないし,結論もない。IT Proの読者の方々が「記者の眼」掲載のコラムに対して書き込んだご意見を拝読していると,「だから結論は?」「役に立たない」という表現に時々突き当たる。お忙しいなか,IT Proを読んでいただいた方にこんなことを言うのは申し訳ないが,結論を出せないことをコラムに書くこともある。

すべての問題はリーダーシップの問題と思う。リーダーはいくつかの条件を満たさなければならないが,あまり指摘されない条件として「持ちこたえること」を挙げたい。わたしは垂直磁気記憶のリーダーとして「持ちこたえた」と思っている。

 これは,東北工業大学の岩崎俊一学長兼理事長の発言である。ちょっと前に,仙台市までインタビューに行ってきた。岩崎氏は,次世代のハードディスクドライブ(HDD)を支える「垂直磁気記憶」という基本技術の考案者である(関連記事)。考案されたのはおよそ30年前だが,HDD業界は今まさに,垂直磁気記憶方式への移行を始めつつある。

 30年間の顛末はあるところに書く予定なので,ここでは省くが,岩崎学長のリーダーシップ論は強く印象に残った。垂直磁気記憶はいったん「実用できない技術」の烙印を押されてしまい,HDD業界から黙殺されていた時期があった。しかし発案者の岩崎氏は,研究を続け,弟子たちを鼓舞し,「持ちこたえた」のである。