JSAT 運用本部 衛星運用部の笹原浩一部長
JSAT 運用本部 衛星運用部の笹原浩一部長
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 JSATは今後,地上デジタル放送の再送信や地方のブロードバンド化などのビジネスで存在感を示そうともくろむ。ただ1月と7月には,通信衛星「JCSAT-1B」のトラブルに遭遇した。これについては,10月6日に最終報告を出している(関連記事)。JSATの横浜衛星管制センターの笹原浩一・運用本部衛星運用部長に,衛星による地上デジタル放送の再送信などの取り組みや通信衛星の運用体制について聞いた。

--7月29日の情報通信審議会で,FTTH(fiber to the home)によるIPマルチキャスト技術や,通信衛星を使う地上デジタル放送の再送信を容認する答申が出た。

 2011年のアナログ放送の停止までほとんど時間がない。確実に間に合わせるために地上デジタル放送用の中継局に加え,FTTHや衛星も地上デジタル放送の伝送媒体として認められた形だ。

 だが,地方への地上デジタル放送に最も有利なのは衛星を使う方法だと考えている。中継局を新たに作る必要もなく,光ファイバを地方まで引き巡らす必要もない。受信アンテナを設置するだけで良い。

 JSATとしては,地上デジタル放送品質(HDTV品質)の放送を実験的に衛星を使って10月末から開始する予定だ。実験は,スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(スカパー)と共同で進める。映像の圧縮技術はH.264を使う予定で,横浜衛星管制センター(YSCC)の実験棟で準備を進めている段階だ。スカパーは我々の衛星を使って放送サービスを提供しており,映像圧縮の研究もJSATと共同で実施している関係にある。

 JSATは,CATV事業者各社の放送センターに放送映像を衛星で配信するサービスも手がけている。映像配信のノウハウは十分にある。

--通信サービス分野での取り組みは。

 衛星通信の特性を生かし,u-Japan推進の波に乗る。FTTHを引き込めないエリアや,ADSL(asymmetric digital subscriber line)では速度が出ない地域へのブロードバンド・サービスの提供に力を入れる。

 例えば,沖縄県の伊江島や伊平島などの離島で4月から,衛星を使ったブロードバンド通信のサービスを本格的に始めた。サービスを受けるための工事は1日程度。直径1~2mのアンテナを取り付けるだけだ。

 伊平屋島では,村役場に衛星ブロードバンド用のアンテナを設置した。そこから資料館や学校など島内の約20拠点を無線LANでつなぐことで,村の大部分をブロードバンド化することに成功している。

 衛星ブロードバンドはこのほか,北海道の工業団地や青森県での在宅医療,各地の天文台などで引き合いがある。

--通信衛星「JCSAT-1B」は,今年1月と7月にトラブルが起こった(関連記事関連記事関連記事)。そのときの状況は。

 JCSAT-1Bは東経150度に位置する衛星で,約50社が通信サービスで利用していた。1月の事故は日本時間の夜間だったので,緊急時用のポケットベルを使い管制センターに人員を招集した。

 衛星の製造元である米ボーイングと情報共有しながら共同作業できる接続装置がセンター内には用意されており,それを使いながら情報を収集し,解決にあたった。その結果,1月のトラブルは1日半で復旧にこぎつけた。

 だが7月のトラブルはすぐに復旧できなかった。障害から約8日後にJCSAT-1Bを移動させ,予備機の衛星である「JCSAT-R」をJCSAT-1Bの軌道上に動かしてサービスを代替させる方法を取ることになった。

 製造元のボーイングといえども,宇宙に衛星を打ち上げてしまったあとは中を実際に見ることができない。衛星から送られてくる情報を解析し,障害原因を推測するしかないわけだ。ただこのとき,ボーイングとJSATで推測や見解が異なったりする。トラブル時の原因特定は非常に難しい。

--通信衛星はどのように運用しているのか。

 現在JSATは,赤道上空の約3万6000キロにある9基の静止衛星を管制しているが,そのほとんどをYSCCで運用している。障害対策のため,センター内のシステムは2重化されているが,それでもダメな場合の時に備えて,バックアップ用の管制センターも群馬県に置いている。だが群馬のセンターは,幸いにもこれまで本格的に稼働したことはない。

 通常の運用業務は,衛星の内部システムの監視と情報解析,距離や方向の測定と修正,衛星機器の制御などだ。衛星は,太陽や月の重力の影響を受けるが,経度の変動は常にプラス・マイナス0.05度に抑えておく必要がある。YSCCには40~50人の人員がおり,交代制で24時間365日の管制を行っている。

(宗像 誠之=日経コミュニケーション