「尾花さんは、東京都内に両親と住む26歳の独身女性である。ソフトウエア開発会社にプログラマーとして務めており、年収は400万円。好きなことができる時間、ゆとりのある時間を作りたいと思っている」――。
大日本印刷が手がけた架空の顧客像「ペルソナ」についての表記の一部である。ターゲットとして意識する消費者の性格や日常をより具体的に想像したり、プロジェクトの関係者全員で顧客像を共有したりする目的で用いられるのがペルソナだ。新商品の開発やサービスの改善、販促策の考案などの際に作成されることが多い。冒頭の「尾花さん」はモバイルパソコン購入者のペルソナである。
2009年11月に同社はペルソナを作成するサービスを提供開始した。それ以来、食品、トイレタリーなどのメーカーから問い合わせが相次いでいるという。顧客企業にはペルソナについての基本的な情報を記したプロファイルシートとその消費行動を解説した購買行動シートなどを提供する。実は、大日本印刷の作成プロセスは従来の手法と大きく異なる。従来はペルソナ作成に当たり、「文脈質問法(コンテキスチュアル・インクワイアリー)」によるインタビューや「デプスインタビュー」などを実施したり、観察したりする方法が主流。企業はこれらのノウハウを持つコンサルティング会社やデザイン会社に作成を依頼し、作成に数週間以上をかけるのが普通だった。
一方、大日本印刷の今回のサービスでは独自のデータベースを活用して納期を1~2週間と短くした。システム化によって専門家による定性調査を省いたため費用も50万円程度で済み、既存の作成サービスと比べて半額以下になるとみられる。基本的に、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)やPOS(販売時点情報管理)システムから得られる定量情報に基づいて重要な顧客層を絞り込み、該当する消費者数人へインタビューや観察を重ねて定性情報を取得。これらの定量、定性情報を組み合わせてペルソナを作り上げる。今後1年間で同サービス関連の売上高は1億円を目指している。ペルソナを、本業の印刷やウェブ構築と組み合わせて提供することも視野に入れている。
サービス開発のきっかけは、会員にアンケートで協力してもらう見返りに買い物で利用できるポイントを提供するサービスを手がける子会社、マイポイント・ドット・コム(東京都品川区)の会員組織を有効活用する方法を2008年後半から検討したことだった。2009年9月に会員100万人のうち1万人に対して、4回にわたり合計およそ1100項目のアンケートを実施。現在お金をかけている商品・サービスなどの「消費実態」、テレビやインターネットの利用時間・頻度などの「メディア実態」などを調査した。回答結果を基に「消費者価値観データベース」を構築した。
データベース構築はNTTデータスミス(東京都豊島区)とイード(東京都港区)も参加し、慶應義塾大学大学院経営管理研究科の井上哲治教授が監修した。大日本印刷C&I事業部e-マーケティング本部ネットマーケティンググループの平尾宏一郎主任は「定性情報をいかに定量的にとらえるかが難しかった」と話す。ペルソナ構築のプロセスを確立するまで1000以上のペルソナのサンプルを作ったという。
安価な作成サービスの登場でペルソナが日本企業にも身近に
大日本印刷より1年早く、2008年11月にコンサルティング会社のライフメディア(東京都港区)もネットを活用したペルソナ構築サービスを開始した。パルコ子会社やZ会などが同社のペルソナを導入済みである(関連記事)。やはりインターネットを活用して安価で素早くペルソナを提供するもので、ウェブサイト利用者のペルソナ作成に特化している。
これらのネット活用型のペルソナ作成プロセスは、作成が安価で短期間になったのと引き換えに、従来型の作成方法が持つ利点を一部省いていることも確かである。例えば、観察やインタビューの過程でマーケティング担当者が気づきを得る、または人物像を作り上げる作業中に関係者間で共感やチームワークが深まる、といった効用は期待できない。
それでも米国企業に比べて日本企業のペルソナ活用が遅れているといわれるなか、こうした安価なペルソナ作成サービスの登場が、普及を推進するきっかけになりそうだ。