2010年1月19日、IPアドレスなどの割り振りを管理する組織であるIANAにおける、未割り当てのIPv4アドレスの在庫が10%を切った。同日これを受けて、世界五つのRIR(地域インターネットレジストリー)で構成するNROが、同27日にはアジア太平洋地域のRIRであるAPNICがそれぞれプレスリリースを発表した(APNICのプレスリリース(PDF)へ)。
 APNICのリリースでは、チーフサイエンティストのジェフ・ヒューストン氏と、事務局長でNRO理事会のメンバーでもあるポール・ウィルソン氏の談話を紹介。ビジネスリーダーに対して、「オンラインコンテンツにデュアルスタックでアクセスできること」「サプライヤーとパートナーと機器ベンダー、ホスティング事業者はIPv6をサポートすること」「スタッフが適切なIPv6のトレーニングを受けること」といった取り組みにすぐに着手することを求めた。このメッセージについて、ポール・ウィルソン氏に聞いた。

(聞き手は、山崎 洋一=日経NETWORK)


今回メッセージを出すことにしたのはなぜか。

写真●APNIC(Asia Pacific Network Information Centre)事務局長 ポール・ウィルソン氏
写真●APNIC(Asia Pacific Network Information Centre)事務局長 ポール・ウィルソン氏

 IPv4アドレスの在庫が10%を切ったのはシンボリックな出来事だと思う。NRO(Number Resource Organization)にとって、IPv4からIPv6への移行がスムーズに成功裏に終わるということは大きな関心事だ。これまではIPv4アドレスが十分にあり、業界としてもIPv6への移行ニーズはあまりなかった。ただここにきてアドレス枯渇という明確な将来が見えてきたことから、この時期にIPv6移行を具体的に計画して進めてもらうことについてメッセージを出すことに意義があると判断した(関連記事)。

 NROもAPNICも、「IPv6への移行を準備するのは今」という、そのタイミングが重要だと考えている。IPv6は10年前からあり、移行しなくてはいけないこともわかっていた。早い時期からIPv6移行を推進してきた人たちも数多くいる。日本がそうした活動をリードしてきた面もあるが、ある意味ちょっと時期が早かったともいえる。「IPv6の準備を始めてください」というメッセージは、5年前では多分早すぎたのだろうが、今なら時期も良い。

時期が良いとは。

 スムーズな移行を成し遂げるためには、インターネット業界がそれに向けて準備していくことが必要。IPv6への移行はコストがかかるため、なかなか進んでこなかった。この業界は、移行が本当に必要になるぎりぎりのところまで、移行にコストをかけることをしない。ただ今は、向こう2年のスムーズな移行に向けて、資金投資という形で準備をしていかなくてはならないだろう。今から準備しておけば、不要なコストや問題を避けられる。何事も緊急に実施すると、「優秀な技術者を得る人的なコスト」「技術的な問題を解決するコスト」といったものが発生することになる。 

 例えば2年かけて、ネットワーク機器をアップグレードする形で(対応できるよう)準備していくこともできるはずなのに、それをせずに急に実行しようとするとアップグレードではなく機器を買わなくてはならず、余分なコストが発生してくるのではないか。いまから、「新しい機器を買う」「既存の機器をアップグレードする」というときにIPv6機能が付いているものにしておけば、2011年になって新たなものを買わなくてはいけなくなる事態を回避できる。また今投資をしておけば、投資をしていない競争相手に対して有利な立場にいられるという側面もある。

このメッセージの対象は誰になるのか。

 対象とする人は広範にわたる。我々の直接のステークホルダーは、IPv6移行に関して非常に多くやることがあるプロバイダー(ISP)。ただしメッセージはドメイン名を使っている人たちやその他のビジネスの方々、つまりエンドユーザーや企業も対象にしている。こうした人たちがIPv6移行が必要であると認識することで、需要が喚起されるからだ。その需要をISPに伝えていかなくてはならない。

 Webサイトを持っているなら、IPv6で確実にアクセスできるようにする必要がある。つまりIPv6に対応したネットワーク機器とインターネットへの接続を用意し、IPv6のトラフィックをやりとりできる環境を作っておくことが必要だ。ホスティングプロバイダーであれば、IPv6移行の準備のための時間が必要になる。ホスティングプロバイダーを利用している企業なら、今日にでも「IPv6が必要なので提供準備をして欲しい」と声を上げないといけない。

 eコマースやオンラインコンテンツを持っている人たちは、IPv6移行を真剣に考えていると思う。IPv6移行がスムーズにいかないと、既存の顧客を失うことにつながりかねないからだ。IPv6しか使わないユーザーがアクセスした際、遅かったりつながらなかったりすれば、他の競合サービスに移るだろう。

キラーアプリケーションがないとIPv6移行は進まないという話もあるが。

 しばしば、IPv6のキラーアプリケーションは何かと聞かれる。私は、キラーアプリケーションは、ネットワークの準備が整って初めて発生してくるものだと考えている。今ならインターネットそのものがキラーアプリケーションであると言えなくもない。IPv4アドレスが枯渇したあとにISPがAPNICのところに来たとしても、我々はIPv6アドレスしか配布できない。ISPは「IPv6を使えるか?」と自問自答するべきだし、ISPの顧客は「IPv6から自分たちのサイトにアクセスできるか?そのためのネットワークは準備できているか?」と自問自答するべきだ。