社会保険庁の業務を引き継ぐ日本年金機構の発足が5カ月後に迫っている。しかし工程、機能ごとに分割して調達を進めてきた次期年金システムの開発は滞ったままだ。システムをどのような形で、どう調達すべきか。米国社会保障庁長官代行を務めた後、世界35カ国で社会保障分野のシステム調達やコンサルティングに携わってきたイノフ・アソシエーツ社長のルイス・D・イノフ氏に聞いた。(聞き手は、二羽 はるな=日経コンピュータ

元米国社会保障庁長官代行のDルイス・D・イノフ氏
元米国社会保障庁長官代行のDルイス・D・イノフ氏

年金のような社会システムは規模が大きく、開発期間も長い。どのようなシステムを開発すべきか。

 まずオープンなシステムであることが重要だ。開発中もシステムを支えるテクノロジや社会情勢は変化する。そのため社会保障制度の変化に合わせて、機能を簡単に追加できるシステムが求められる。モジュールの形で機能を追加できるのが好ましい。

 ここ5、6年、発展途上国の年金システム開発に携わってきた。なかには政策が詳細に決定する前から開発に着手したものもある。機能を後から追加できるオープンなシステムなら、こうした場合でもなんとかなる。

 今日的な話題としては、Webベースのアーキテクチャへの移行も忘れてはならない。社会保障分野のシステム調達に携わった国のほとんどが、何らかの形でWebベースのシステムへの移行を検討している。ほかの政府機関や金融機関のシステムとの連携を考えてもWebベースであるほうが有利だ。

大規模な社会システムは調達も難しい。

 政府と企業で大きく異なる点が一つある。政府が使うのは公的な資金と時間であることだ。年金は国民が苦しいとき、困っているときに支援する仕組み。この仕組みを支えるシステムを国民のお金で開発するのだから、投資は慎重かつ透明である必要がある。

 だからといって安さばかりに気をとらわれてはいけない。重要なのは金額よりも専門知識や技術力だ。安値に飛びついて技術力のない企業に発注すると、開発期間の長期化や品質の低下を招く。結果として無駄な作業が発生し、高くつく。「ノウハウを習得したいから無料で受注したい」という申し出を受けたこともあるが、きっぱりと断った。

 もちろん、特定のIT企業やコンサルタントに不当な利益をもたらしているといった印象をもたれるのは、絶対に避けなければならない。大切なのはバランス。技術力の優れた企業に公正な形で発注することが求められる。米国では権力・権利の乱用がかつてあった。だから今は法により早急な意思決定ができないよう規制している。

その国の社会環境、財政事情に合ったシステムがベスト

日本では、一定規模を超える政府調達の場合、透明性を確保するために分割調達する必要がある。

 分割調達でなければ透明性を担保できないというのは、必ずしも正しくない。一括調達で1社と契約する場合でも、「すべての情報を報告する」という条項を契約書に盛り込み、進捗を随時把握できるようにすれば、透明性は担保できる。場合によっては分割調達より一括調達のほうが適していることもある。

 システム調達ではまず「分割調達する」「一括調達する」という方針を最初に決定すべきだ。どちらの場合でも、1社が窓口となって各工程の進捗を報告することになる。

これまで社会保障分野のシステム調達や制度のコンサルティングに携わった35カ国のうち、理想はどのようなシステムか。

 どれがベストかと問われても、明言はできない。各国にうまくできている部分とできていない部分がそれぞれある。

 一つだけいえるのは「その国の社会環境、財政事情に合ったシステムがベスト」ということだ。国によって理想のシステムの形は異なる。例えばある国では国民情報を政府が管理することが当たり前になっているが、ある国では大きな反発がある。

2010年1月に、社会保険庁の機能を引き継ぐ日本年金機構が発足する。社会保険庁にはいなかったCIO(最高情報責任者)も任命される。理想のCIO像はどのようなものか。

 組織のトップは理事長であり、システム調達においても最終責任、最終意思決定権は理事長にある。CIOはシステム戦略を考え、理事長へのアドバイザの役割を果たす。

 理事長がやるべきことは複数ある。まずは既存組織の情報を把握することだ。最も深刻な問題は何か、3年後、5年後に起こる可能性のある問題は何かを考え、対処方法を考える。

 CIOに求められるスキルや経験は、各府省共通の部分と異なる部分がある。各府省に共通して必要なのは計画・企画能力だ。さらに年金システムは膨大なデータを扱うので、社会保障分野のCIOにはトランザクションの多い金融システムや、大量のデータ操作の経験者が向いているだろう。社会保障分野だからといって、同分野の仕事自体の経験は必要ではないと私は考えている。