携帯電話プラットフォームのオープン化によって,インターネットと携帯電話の距離が一気に近づいた。今後,携帯電話サービスの世界で後進国と見られていた米国が先進国になる道筋が見えてきた。シリコンバレーの事情に詳しい吉川欣也氏に米国のモバイル・サービスについて話を聞いた。同氏は1999年,シリコンバレーでIPソフトウエア基盤を提供するIP Infusionを起業。現在はmiseluというベンチャー企業を立ち上げ,サービス提供に向けて準備している。

(聞き手は中道 理=日経コミュニケーション



米miseluの共同出資者兼CEOである吉川欣也氏
米miseluの共同出資者兼CEOである吉川欣也氏

今の携帯電話産業の状態をどう見るか。

 オセロの4スミのうち3スミを米国の企業が埋めたと感じている。iPhoneを持つアップル,Androidのグーグル,米マイクロソフト,そしてノキアだ。ノキアはフィンランドの会社だが,会社のトップが米国に住居を移しており,もはや米国企業になりつつある。携帯電話のアプリケーション開発はオープン化へと向かっている。この局面をひっくり返すのは難しいのではないか。

 CPUの処理能力,メモリー,バッテリなど,以前よく言われていた携帯電話特有の制限は,もはやなくなったと考えるべきだ。これからはソフトウエアとサービスで勝負するしかない。

 こうした状態になると,Webのサービスに強みを持つシリコンバレーの企業は俄然力を発揮する。日本が携帯電話先進国と言われていた時代はもう終わり。これからは,携帯電話産業の中心が米国に移っていくことは間違いない。

iPhoneやAndroidを見ると日本のサービスをかなり研究しているように見える。

 その通りだ。例えば,グーグルのAndroidの責任者であるアンディ・ルービンは日本を頻繁に訪れている。iPhoneも日本の携帯電話を研究し尽くしてできたものだ。

それなら,これから携帯電話サービスが花開く米国に日本のサービスを持ち込めば成功する可能性もあるのではないか。

 論理的にはそうだ。実際,米国で提供されているサービスの中には,日本にあるサービスの特徴を取り込んだと思われるものが多数ある。しかし,日本のサービス事業者でシリコンバレーに拠点を構える企業が果たして何社あるだろうか。こちらにトップが在住し,すぐに決断を下せる環境でないと,日本以外で成功することはできない。

 確かにインターネットで検索すれば多数の情報が集まる。それを読めば分かった気になるかもしれないが,物事の本質は分からない。シリコンバレーの人たちは,舵を切るのが極端に早い。数週間という短い期間で状況が一変する。グーグルのエグゼクティブが何を考えているのか,Facebookは次に何を仕掛けてくるのか,米国のベンチャー企業がどういう方向に向かっているかを知らないと次の一手を考えられない。シリコンバレーに居を構え,直接,そうした企業のキーパーソンと会って話をする以外,そうした空気を読むことはできないだろう。

 携帯電話の現状はパソコンの黎明期に近いと私は感じている。ただ,日本の携帯電話産業はパソコンのときよりも早く崩れると考えている。

それはなぜか。

 パソコンの黎明期には,日本の大手家電メーカーのトップがシリコンバレーのベンチャーを足を運んで訪ねていた。西和彦氏や孫正義氏など勘のいい人たちが伝道者となっていた。今はシリコンバレーを訪れるエグゼクティブは少ないし,西氏や孫氏のような人もいない。シリコンバレーを無視していて今後のビジネスをできるのか,人ごとながら不安になる。

今,シリコンバレーで注目を集めている分野は何か。やはりモバイルか。

 いや,モバイルのビジネスをやるといえば,ベンチャー・キャピタルがお金を出してくれる時代は終わった。今,まさに次の分野を探しているところだ。それが何なのか私にも分からないが,3~5年後ぐらいにその姿が見えてくるのではないか。

経済減速のシリコンバレーへの影響は。

 非常に大きい。大手ITベンダーの従業員が,リストラにおびえている。これまで自分の雇用の心配などしてこなかったグーグルで働く技術者ですら,不安を口にしている。だからこそベンチャー企業にとってはチャンス到来だ。

というと?

 これまではグーグルの力が強過ぎた。ベンチャーは,グーグルが新しい分野に出て行くのを黙って見ているしかなかった。ただグーグルも,これからは利益優先ということで,全方位戦略に修正を加えるかもしれない。グーグルが手を引いた場所は,ベンチャーにはのし上がるチャンスだ。さらに,大手IT企業で働いていた優秀な技術者が労働市場に流れてくるから,ベンチャーがこうした人材を雇える可能性が高まる。

 新しいビジネスモデルも模索できそうだ。これまでグーグルの広告モデルが圧倒的だったが,経済減速に伴い,広告一辺倒のモデルは立ち行かなくなるだろう。米マイクロソフトのような有償モデルが再度,盛り上がってくる可能性がある。

ところで今CEOを務めているmiseluという会社は何をする会社なのか。

 詳細はいえないが,音を中心としたサービスの提供を企画している。来年早々にはお披露目できると思う。