[前編]競合に打ち勝つためには内製化

ネット証券として他社に先駆け夜間の私設取引システム(PTS)を開始するなど、独自のサービスを次々と打ち出すカブドットコム証券。それを陣頭指揮するのがシステム部門出身の齋藤正勝社長だ。「競合他社と違いを出すためにシステムの内製化は必然。リスクを恐れずに、新しいことに挑戦していく」と、その戦略は明快だ。

米リーマン・ブラザーズ証券の経営破綻を契機に、金融危機が起きています。どのように見ていますか。

 誤解を与えるかも知れませんが、おもしろい状況だと思っています。米国の金融機関が今のような状況にあることは、日本の金融機関にとってはチャンスです。すでに色々な動きが出ていますが、まだこれからも出てきますよ。

御社が属する三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)も米投資銀行大手のモルガン・スタンレーを持ち分法適用会社にすると発表しました。

 そうですね。今はまだ言えませんが、当社も大きな発表をしますよ(本誌注:9月30日にカブドットコム証券の私設取引システムPTSにモルガン・スタンレー証券が参加すると発表があった)。

 金融とITというのは似たところがあって、基本的にスケールが生かせます。金融は流通とかに比べると、合併が多いのはスケールメリットを出せるからです。ITの世界も、オープン系だろうがレガシーシステムだろうが、トランザクションが多かったり、アカウントが多かったりしたほうが、コスト的に有利になる。

 今後は金融でも、本当の意味でのグローバルトランザクションが出てくるでしょう。グローバルに取引するようになると24時間どこかは動いている。日本は祭日で休んでいても、米国のマーケットは開いている。だから、営業店支援のシステムを含めて24時間365日動かさないといけなくなる。そうなるとシステムの設計や運用も変わるはずです。

ITに強い経営トップが増えている

ネット証券会社は、他社が開発したシステムを利用するケースが多いなか、システムの内製化にこだわっています。

齋藤 正勝(さいとう・まさかつ)氏
写真:乾 芳江

 経営戦略だとかサービスや商品が、IT戦略とかなり一体化しているなかでは必然ではないでしょうか。単に株を売り買いするだけでしたら、自前にこだわる必要はありません。野村、大和、日興といった大手のシステムを借りて展開したほうがいいに決まっている。しかしそれでは競争に勝てませんよ。

 例えば、当社は2006年9月に、取引所を介さずに株式売買を実現するPTSによる夜間取引サービスを開始しました。東京証券取引所が日中に提供している取引と同じオークション方式を採用し、夜間でも相場が刻々と変わり続ける市場をつくったのです。今後、金融の世界では、デリバティブ(金融派生商品)取引が進んだり、証券会社が銀行の事業を手がけたりだとか、新しいサービスがどんどん求められるようになる。外国為替証拠金取引(FX)もそうです。いよいよ来年1月からは株券も電子化されます。他社と差異化を図るための戦略的なシステムを作ろうと思ったら、内製せざるを得ません。

内製化するためには、経営トップがITについて理解していないと難しいのではないですか。

 私はシステム部門出身でITについて詳しいですけれど、そこまでいかなくてもITについてわかっている経営トップが増えています。今後はITへの理解がトップの条件になると思います。特に金融はシステム装置産業的な側面があり、新しい商品やサービスを開発しようとするとITが不可欠ですから。MUFGの畔柳信雄社長もシステム部長経験があり、ITについては詳しいです。

 ITがコモディティ化しており、わかりやすくなっていますしね。例えば、10年前に、通信販売のWebサイトを立ち上げるといったら、かなり大変でした。それが今は、ちょっとパソコンが好きだったら、すごいサイトを作れる。企業のシステムにしても、SalesforceのようなSaaSが出てきたり、ユーザー企業自身で簡単にシステムを導入できる時代になっています。

社員の半分がシステム部員でもよい

内製化のためにはシステム部門の要員数が必要です。今は何人くらいですか。

 常勤だけでいうと、従業員が約80人いて、そのうちシステム部門は30人弱です。でも、まだ少ない。私としては全体の半分いてもよいと思っています。もちろん単純に人数が多ければよいというわけではありませんが。

システム部員にはどのようなスキルを求めているのですか。

 ITの知識だけでなく、業務や商品の知識を持つように言っています。それも単に商品だけでなく、関連する法律まで理解してもらう。資格として、証券外務員の1種と2種、内部管理責任者資格の取得を強く求めています。こうした試験の結果は公表しており、上位のポストに就くには必須です。システム部門というと後方支援部隊というイメージでしたが今は違います。システム屋なのにしゃべりができて営業ができないといけない。

 逆に、システム部門ではない社員に対しては、ITの基礎知識を身につけるよう求めています。具体的には情報処理技術者試験の初級シスアドの資格を全社員に取得させています。役員だろうと例外は認めません。来年からは「ITパスポート」試験ができるそうですが、それを取らせたい。ITはまさに社会人のパスポートだと思いますよ。

>>後編 

カブドットコム証券 取締役 代表執行役社長
齋藤 正勝(さいとう・まさかつ)氏
89年多摩美術大学卒業。野村システムサービス、第一証券を経て、98年に伊藤忠商事に転じオンライン証券設立事業の立ち上げに参画。99年日本オンライン証券設立に伴い入社し情報システム部長に就任する。01年イー・ウイング証券と合併しカブドットコム証券と改称。02年最高業務執行責任者、04年代表執行役社長、05年6月から取締役を兼務し現職。経済産業省が主宰するIT経営協議会のメンバー。1966年5月生まれの42歳。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年9月24日)