【前編】新gTLD募集は早ければ1年後,審査機関との契約が最大の難関

「.com」など決められた文字列しか使えなかった分野別のトップ・レベル・ドメイン(gTLD)が大きく変わる。独自に考案した文字列を申請し認可されれば,このドメインを使うレジストリ事業を展開できる。早ければ2009年夏ころに受付が始まるが,実施までには様々な困難が予想される。新しいgTLDについて,長年ドメイン名に携わってきたJPNICの丸山理事に話を聞いた。

なぜ,この時期にgTLDを増やす必要があるのか。

 そもそも新しいgTLDの追加は,1998年にICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)ができたときからの使命だった。

 背景には,1996年ころからインターネットが発展してくる中で起こってきた問題がある。一つはドメイン名を高く売りつけるために占拠する「サイバー・スクワッタ」の存在。もう一つは「.com」,「.net」などのgTLDのドメイン名登録を米ネットワーク・ソリューションズ(NSI)が独占していた状況である。

 NSIの事業は非常に大きな利益を上げていた。現在「.com」には約7500万もの登録がある。レジストリが受け取る1ドメイン当たりの年間登録料は6ドル7セントなので,年間では約550億円の売り上げになる。これを見て,新しいgTLDを追加して自分たちにもドメイン名登録事業に参加させてほしいとする企業がたくさん出てきた。その議論の結果としてICANNができたのだ。

 この要求を抑え付けたところ,「オルタネート・ルート」という仕組みを使って勝手にTLDを作る団体も現れた。これはルート・サーバーの偽物を立てて,勝手に作ったTLDを海賊的に登録する行為である。

どのような経緯で今回のgTLD追加となったのか。

丸山 直昌(まるやま・なおまさ)氏
写真:的野 弘路

 「.net」や「.com」といった初めからあるgTLDはインターネットの創始者たちが,彼らの考えで作ったものだ。その後,gTLDを新たに追加する動きは今回も含め3回あった。

 最初の動きは,2000年からの第1ラウンドで始まる。ICANNが一定の募集期間で集めた候補から最終的に七つ(「.biz」,「.info」,「.name」,「.pro」,「.museum」,「.aero」,「.coop」)を選んだ。

 2003年からの第2ラウンドでは,「スポンサードTLD」と呼ばれるアドレスに限定した。これはスポンサー組織が,ある主義の基で,特定の目的のために運用するgTLDだ。第1ラウンドのドメインでは,弁護士や医師などのための「.pro」や美術館や博物館で使う「.museum」などがこれに当たる。

 ところが第2ラウンドでは大きな問題が起こった。アダルト・サイト向けの「.xxx」という文字列がICANNの審査基準をクリアした後で,ICANNの理事会で否決されたことだ。

 これはICANNとしてはとても後味の悪い事件となった。ICANNが物事を決める場合,原則として「ボトムアップ」という考えに基づいているからだ。だから第3ラウンドに当たる今回は,あらかじめ審査基準を決め,これに従って申請を受け付けることになった。

 2005年12月から第3ラウンドを始めるためのPDP(policy development point)プロセス,つまり下の方から意見集約を開始した。2007年9月ころにGNSO(Generic Names Supporting Organization)の評議会から理事会への勧告が出た。この勧告を6月のパリ会議で理事会が承認した。

今回のgTLDは申請者が文字列を選べるということだが,その審査基準はどのようになるのか。

 誤解のないように言うと,だれでも自由にgTLDを取れるという話は誤りだ。gTLDはあくまでレジストリ事業のためのもので,レジストリがgTLDを占有できるわけではない。

 ポリシー勧告では,審査に4点のポイントがある。(1)申請組織の財務力,(2)申請組織の技術力,(3)申請文字列に対する審査,(4)同じあるいは極めて似た文字列が複数申請された場合の処理──である。

 (1)と(2)は,レジストリを運営するための財務力や技術力を審査するもので,判断基準は明確だ。問題は判断基準があいまいになる(3)と(4)である。基準にあいまいさがあると,ICANNが審査を任せる中立的な第三者機関「DRP」(dispute resolution provider)を引き受けてくれる団体がいなくなる恐れがある。

 DRPに関連して,三つのシナリオが想定できる。第1に「DRPが見つからない」,第2に「DRPが曲がりなりにも見つかり,文字列を審査する」,第3に「ICANNスタッフの実施案を理事会が否決」というものだ。

 かなりの困難が予想されるが,最終的には2番目のシナリオになるだろう。ICANNがパリ会議直後のリリースで「40年に1度」という表現をしていたが,最終的にこのプロセスでgTLDが決まれば劇的なことと言える。第3ラウンド以降も,改良を加えながら恒常的にgTLDの募集は続けられることになる。

>>後編 

日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC) 理事
丸山 直昌(まるやま・なおまさ)氏
1952年生まれ。1978年東京大学大学院理学系研究科数学専攻修士課程修了。同年東京大学理学部数学教室助手。横浜市立大学文理学部非常勤講師を兼任した後,1989年統計数理研究所調査実験解析系助教授。現在は統計数理研究所データ科学研究系 准教授。日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)については,その前身組織(JNIC)設立時より関与。1991年JNIC運営委員。1993年JPNIC監事・運営委員。1995年JPNIC事務局長,同年JPNIC理事。1997年3月にJPNICが社団法人化した後,現職である同センター理事に就任。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年7月29日)