itSMFインターナショナル議長 シャロン・テイラー氏
itSMFインターナショナル議長 シャロン・テイラー氏
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 システム運用管理の方法論を体系的にまとめた「ITIL」がバージョン3(ITILv3)に改訂されて1年以上が経つ。システム部門のITIL導入は何をもたらすのか。世界各国におけるITILv3の導入状況、ITILv3導入で期待できる効果などを、itSMF Japanコンファレンスの基調講演で来日したシャロン・テイラー itSMFインターナショナル議長に聞いた。(聞き手は二羽はるな=日経コンピュータ

世界各地におけるITILv3の導入状況を教えてください。

 地域別に見て最も導入率が高いのはアジア太平洋地域で、66%です。次が欧州連合(EU)とラテンアメリカ、中東の一部を合わせた地域で56%。最も低いのが北米の44%です。この調査は2008年2月、グローバル企業のCIO470人に「今後6カ月以内にITILv3を導入する意思の有無、あるいは導入を始めているか」をヒアリングしたもの。アジア太平洋地域ではITIL関連の認定試験を受ける人も多く、ISO20000取得への意識も高いようです。

ITILの導入は欧米の方が進んでいるイメージを持っていたので、アジア太平洋地域が最も導入率が高いのは意外です。何か理由があるのでしょうか。

 理由はいろいろあると思います。まずEUの場合、“ITILの歴史”が長いことが挙げられます。ITILはもともとEUで作成・展開されたものなので、EUではITILv2の普及が進んでいます。v2でいろいろと実践してきたため、既に成熟しているという面があります。これに対してアジア太平洋地域では、ITILv3で初めてITILに接する企業も少なくない。今までITILを導入していなかったため、積極的な導入が進んでいるのではないでしょうか。

 米国の場合は、ITILが“米国製でない”ことで様子見なのかもしれません。ISO20000もそうですが、米国では米国製でないものを導入する際の心理的障壁が高いように感じます。しかし最近は、米国でも導入ペースが上がっているようです。

 別の調査になりますが、v3を導入した“トリガー”について面白い結果があります。itSMFの独自調査でITILv3導入の理由を聞いたところ、キーポイントは三つありました。一つは「サービスポートフォリオ管理」。ITという技術面とサービス面について連携を支持するものです。二つ目は「サービスカタログ管理」です。テクノロジ、サービスそれぞれのカタログを用意し、一つのガイダンスの形でまとめます。三つ目は「構成管理とサービスアセットの連携」です。これらの特徴はすべてITILv3で追加されました。

日本ではここ1~2年、社会インフラともいえるシステムで運用ミスによる大規模な障害が頻発しています。

 運用ミスによる大規模システム障害の発生は、日本に限った話ではありません。例えばカナダの銀行は3年前にソフトウエアのアップグレードを失敗し、銀行業務を3日間停止しました。当時数十億ドルの損失があったと聞いています。北米でもサービスの需要が拡大する一方で社会インフラの老朽化が進み、キャパシティに限界が訪れ、障害が発生しています。

 しかし障害発生の頻度は過去と比べて必ずしも増えているとは思いません。頻発していると感じるのは、社会インフラのIT依存度が高まり、以前に比べシステム障害による被害が目立つようになったからではないでしょうか。

 運用ミスが起こる原因の一つに、システムの計画、設計段階での不備やモニタリングの不足があります。もちろん、障害を起こさないような対策は必要です。ただ、障害は必ず発生するものと考え、運用前に障害発生時の復旧対策を考えておく。障害発生から復旧まで10時間かかるのと、2時間で回復するのとでは障害が与える影響は大きく異なります。防止策とともに復旧対策を用意する会社こそ優れたサービスを提供する会社といえます。

ITILv3導入でこのような運用ミスを改善できるのでしょうか。

 v3はv2ではできなかったレベルで障害発生を防止できます。v2はそれだけで非常に有用ですが、あくまでも運用や稼働環境を念頭に置いたもの。計画や開発段階のことは考慮に入っていません。計画、設計、開発など複数のステップで完成するシステムを、運用部門だけでコントロールするのには限界があります。

 その点v3は、適用範囲を計画、設計、開発などを含めたライフサイクルで考え、他部門との連携を強化できます。計画、設計の段階で「こんなエラーが出そうだ」という考えをあらかじめ持つことができるので、障害の防止、障害発生時の復旧対策が強化できます。