【後編】アプリケーション分野のシステムでは当社が世界一,プラットフォーム提供で成長を目指す

>>前編 

モバイルSaaSで携帯電話向けのサービス提供に早い時期から力を入れている。モバイルの可能性をどう見ているか。

 企業は今,「ノート・パソコンの持ち出しは厳禁」となっているが,やはり出先でいろいろな情報にアクセスできるメリットは大きい。個人向けは既に市場が飽和してきているが,法人向けはまだ始まったばかり。画面サイズやデザインを変えた新しい端末も増えてきた。

 ただ,単純に法人向けのアプリケーションをモバイル環境で利用できるようにしただけでは,大きな伸びは期待できない。社内のアプリケーションと同期,連動できることが重要で,今後はそのようなソリューションが増えていくだろう。

日本の企業におけるSaaSの利用はどのような状況か。

 日本ではまだ始まったばかり。当社では日本の伸び率が一番高かったが,全体のポテンシャルから考えるとまだ100分の1にも到達していないのではないか。ユーザー層を「Innovator」,「Early Adopter」,「Market Maker」,「Follower」,「Negative」に分けると,現在は「Early Adopter」の段階で,「Market Maker」に入りつつある。本格的な伸びはこれからだ。

 ユーザーの導入が徐々に進んでいる背景には,会社からのコスト削減要求が厳しくなっていることがある。これまでは「make(自社開発) or buy(パッケージ利用)」だったが,新たに「use」(SaaSの活用)という選択肢が増えた。SaaSは駄目と判断すれば1年でやめられるので,ユーザーにとっては間違いなくリスクが低い。年間のIT予算を削減するための「use」の手段として,Salesforceを検討するユーザーが増えている。

「Force.com」でPaaS(platform as a service)分野にも進出している。今後はプラットフォーム提供とアプリケーション提供のどちらが主軸になるのか。

宇陀 栄次(うだ・えいじ)氏
写真:的野 弘路

 両方が軸になる。CRM(顧客情報管理)やSFA(営業支援システム)を利用するユーザーの割合は,企業全体からすると,せいぜい従業員の10~15%程度に過ぎない。アプリケーション提供だけにとどまらず,プラットフォーム提供でさらなる成長を目指す。

 プラットフォーム分野における我々の強みは,Salesforceの仕組みそのものにある。アプリケーション・レイヤーでは,当社が世界で最高のシステムを持っていると自負している。Salesforceのユーザー数は既に100万人を超え,今後は200万人や500万人といった規模に増えていく。しかもアプリケーションは年に3回のペースでバージョンアップを繰り返している。百万人規模のニーズを取り入れながら現在も進化し続けているわけで,他のベンダーはもう追い付けないはずだ。他のベンダーが追い付いたとしても,そのときに我々はかなり先を進んでいることになる。こうしたサイクルを実現するプラットフォームをアプリケーション・ベンダーに提供するのがForce.comになる。

 アプリケーション・ベンダーは今,SaaS対応を迫られている。しかし,我々が長年積み上げてきた仕組みと同じものを一から構築するのか。それには膨大なコストと開発期間がかかるので非現実的だろう。これに対してForce.comを利用すれば自社のアプリケーションを当社のプラットフォームに合わせるだけでSaaS化できる。当社にその分の利用料を払うことになるが,SaaSのために何十億円と投資するよりも当社のプラットフォームに乗せた方が早くて安く済む。プラットフォームは我々が面倒を見るので,ベンダーは自社の領域だけに専念できる。

競合は米マイクロソフトや米オラクル,独SAPではなく,米グーグルや米アマゾン・ドットコムのように見えるが。

 どのベンダーに対しても「競合」と「協調」の両面がある。IT産業はまだ発展途上の段階にあり,従来の感覚で言えば競合になるかもしれない。しかし,今後は協調の関係を築いていくことが重要と考えている。

 競争は進化をもたらす半面,行き過ぎると不毛な領域に陥ってマイナスに働くことがある。我々はそうではなく,どれだけ付加価値を高められるかを重視している。新しい技術やサービスをユーザーに喜んで使ってもらい,その結果,産業全体の発展につながれば理想だ。グーグルともSalesforceとGoogle Appsの連携で提携しており,我々は「協調型」や「共生型」のビジネスモデルと言える。

セールスフォース・ドットコム 社長兼米国本社上級副社長
宇陀 栄次(うだ・えいじ)氏
1956年生まれ。東京都出身。81年3月に慶応義塾大学法学部を卒業。同年4月に日本IBMに入社。大手企業担当の営業部門を経て,社長補佐,製品事業部長,理事情報サービス産業事業部長などを歴任し,情報サービス産業各社との提携や協業の事業責任を担当。2000年に日本IBMを退職後にIT企業の社長を務めた後,2004年3月に米セールスフォース・ドットコムの上級副社長に就任した。同年4月から日本法人の代表取締役社長。最近印象に残った本は,マルコム・グラッドウェル著の「The Tipping Point:How Little Things Can Make a Big Difference」。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年6月10日)