【後編】上司は部下の話を聞く,復唱し本気で褒めよう

>>前編 

「沈黙を気にせずに聞く」ことは、頭では分かっていても難しそうです。

 「聞く」ことはスキルではありません。本当に心からその人のことを分かろうと思わなきゃダメです。

 「教えてあげる」というスタンスで相手に臨んでしまうのは、知らずしらずのうちに他人にレベルをつけているから。自分の方が年上で肩書きが上でも、人という“質”のレベルでは同じ人間なのです。

 私自身、他人にレベルを付けていました。オリンピック選手になって、世界で3番とかメダリストになると、自分がとても偉いと思ってしまう。偉いというのは、要は相対評価しているということ。あるとき米国の大学院で私をずっと見ていてくれた教授に、「京は人にレベルを付けるね」と言われました。「そんなことありません」と言ったところ、「ホームレスを見て、君はストレスを感じるか」と聞かれました。何の話か分からなかったのですが、「別にストレスにならないし、逆にかわいそうだなって思う」と答えました。

 教授は、「じゃあ、週末にバーで飲んでいて男の子たちにちやほやされていたのに、隣町のスタンフォード大医学部の日本人の女子が来て、きれいなだけじゃなくて頭も良くて、周りの男の子がそっちに行っちゃったら、君はストレスを抱えるか」と言うから、「抱えるに決まっていますよ、頭にきます」と即答しました(笑)。

田中ウルヴェ 京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)氏
写真:丸毛 透

 要は、人は何か価値基準を勝手に決めていて、それが学歴だったり、外見だったり、家庭環境だったりする。その基準よりも下の人には優越感を感じてストレスはないけど、自分より上だと思った人に対しては、自己嫌悪に陥る「落ち込みのストレス」を感じる。さらに、本当はあの人貧乏なんじゃないのとか、わざと悪く言うことでストレスから逃げようする。

 その教授に「今日から下をなくしなさい」と言われました。上はなくならないので、人にレベルを付けないためには、自分より下という人間を作らないようにしなさいというのです。すごく難しかった。ほとんどの人を下だと思っていましたので(笑)。

どうやって克服しましたか。

 実際にホームレスの人たちを訪ね歩いて、どんな人生だったか聞くことにしました。話をしてみると人間的にすてきな人たちがたくさんいた。この人は「挑戦」をしたから「谷」にいるんだ。挑戦をしていなかったら、すぐそこの証券会社で働いていたかもしれない。そういう人が何人もいた。

 私は何の基準でレベルを付けていたのかと考えさせられました。人間は多面体なのに、自分が見える面だけで私より下と評価していた。まだ完全に克服できたわけではありませんが、昔よりは良くなったと思います。

 上司が見ている部下は、9時から17時までの一面でしかありません。その人に何かを教えられますかと、よく尋ねます。だから、教えるのではなく聞くだけでも十分なのです。

部下には自分の感情だけを伝える

部下の成長を促すのも上司の役目。教えてあげることも必要なのでは。

 日本人に多いのが良い意味の「お節介」です。部下を伸ばしてあげたいという気持ちは貴重ですが、まずは、本当に良かれと思って言っているのかと自問自答してください。というのも、時には教えるという名の下で自分の感情のはけ口となってしまうことがありますから。

 それを精査した上で教えるときには、逆に自分の感情を伝えるといい。例えば、部下が何かミスをした場合。同じミスを繰り返さないように気付きを与えるのに、「こんなミスをしたのは準備が不足していたからだ。お前はいつもそうなんだよ」とつい言ってしまいがちです。大抵の場合はその指摘は本人が一番分かっています。

 それよりも、「このミスで本当に焦ったよ」という自分の感情だけ伝えるようにする。出来事に対する自分の感情だけを伝えるのです。すると部下は素直に謝りやすくなりますし、同じミスを繰り返すまいと思う。

 すべてに共通して言えるのが、ストレスは持つのが当たり前、喜怒哀楽は持つのが当たり前、それが人間だということ。それがストレス対処法の根本です。よくストレスを解消するとか、撃破するとか、なくすなんて言いますけど、絶対にストレスはなくしちゃいけません。なくしたら自分の成長までなくなってしまいます。

MJコンテス 取締役 メンタルスキルコンサルタント
田中ウルヴェ 京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)氏
1988年日本大学在学中にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダルを獲得。91年に渡米し、セントメリーズ大学院修士修了。スポーツ心理学を軸にした認知行動療法、キャリアトランジションを3つの大学院で学ぶ。日、米、仏のナショナル・コーチなどを歴任。2001年、MJコンテス取締役。同社経営に加えプロ選手から一般までメンタルトレーニングなどを指導。研修や講演は年間200超。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年4月1日)