【前編】ミスの恐怖とまじめな性格がSEのストレスを助長する

SE向けのメンタル・トレーニング講演を数多くこなす田中ウルヴェ 京氏。経験から、多くのSEが焦燥感にとらわれる“ヘトヘト・ストレス”を抱えていると話す。特に現場で実績を上げてきた上司は部下を下に見がち。沈黙を気にせず、97%は部下に話させるつもりで話を聞き、復唱、承認することが重要と説く。

IT業界で心の病にかかる技術者が多くなっていると言われています。

 最近、システム・エンジニア向けにメンタル・トレーニングの講演を依頼されることが増えています。少し前までは営業職や店長向けが多かったのですが。

 20~30回くらい講演し、聴講者の方々と話をした経験から、SEのストレスの原因は「絶対に間違えてはいけない仕事」にあると強く感じます。誤解を恐れずに言えば、営業なら間違えてもリカバリできるが、SEはそうはいかない。自分1人のミスで他の人たちの作業をすべて無駄にしかねないし、何億円もの損失につながったりする。完璧を強いられるわけです。

 緊張するストレスがずっと続いて、ヘトヘトに疲れて消耗してしまう。スポーツ選手で言えば、器械体操とか飛び込みの選手が同じようなストレスを感じています。1つのミスが致命的になる繊細な採点競技で、一歩足をずらしただけで大けがにもつながる。

 性格もまじめな方が多いのでしょうね。例えば講演で、「シンクロでは小谷実可子さんとずっとデュエットを組んでいて、実は小谷さんに嫉妬していた。でもそうしたことに気付くことはとても大事ですよ」といった話をすると、営業職の人なら「ぷっ」と笑ってくれる。でもITの人は笑っていいのかいけないのかと複雑な表情をされる。まぁ、そもそも20歳代ではこの話にピンとこないんですけど(笑)。

自分と違うストレスを理解できるか

 最近は仕事の量にストレスを感じているSEも増えているようです。大企業でも仕事ができる人は限られている上、精神的に参ってしまった人がお休みに入る。結局、倒れていない人に仕事が集中し、「何でオレ1人がやらなきゃならないの」というイライラが募ってしまうというものです。

 疲れている人が次から次へと失敗してしまい、イジイジしたりビクビクしたりするストレスを感じるケースも多いですね。

 他の業界と比べて割と少ないなと感じるのが、目標が見えなくてモヤモヤしたストレスを抱えている人。疑問に思って尋ねてみると、「忙しくてそれどころじゃない。目標とか言っているうちはまだいいよ」という返事が戻ってきました。

上司と部下ではストレスの中身が違うのでしょうか。

田中ウルヴェ 京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)氏
写真:丸毛 透

 感覚的に部下はヘトヘト・ストレスが多い。上司になると、それまでは自分1人が頑張ればよかったのが、今度は部下のモチベーションに気を配らなければならない。そのストレスで悩んで、「元のSEに戻してくれ」と言う人がたくさんいると聞きます。

 上司から見たら、部下がどんなストレスを抱えているのか分かりにくいのかもしれません。ストレスの感じ方は千差万別。上司がイライラ系のストレスを感じる人だったら、同じイライラ系の部下のストレスは理解できても、ビクビク系の部下のことは理解できない。まずは、「自分と他人は違う」という当たり前の事実を認識することが大事です。その上で、期待せず、前もって評価しないで部下の話をただ聞く。

 問いただしてもダメです。問題のありそうな部下と話すときは、自分は3%だけしゃべって、97%は相手にしゃべらせるように気をつける。沈黙を気にしてはいけません。でも、せっかく部下が考えているのに「例えばさ…」とか言っちゃうんですよ。「気持ちは分かるんだよ」とか。「僕は待っているから」と言って、部下が話すまで本当に待っていることが重要です。

 それから、教えようとも思わない。特に現場でバリバリとやって成果を上げていた人は教えたがるんです。「自分はこうして解消した」とか。聞かれたら答えればいいですけど。また、自分なら簡単にできていたことができないと怒ったりもしてしまう。

 私も日本代表のコーチをしていたときに大失敗をしました。ずっとオリンピック専任のコーチで視野が狭かったんですね。オリンピック選手にならなきゃ人生で成功したとは言えないと思っていました。コーチしていた2人をどうしてもオリンピックに行かせたくて、「5年前に私ができたことなのに!」という調子で指導し、結果としてダメにしてしまった。すごく嫌な、良くない経験をしました。

 若い子は、「あんたとは違うんだよ」と思っていたりします。とにかく、聞いてあげてください。

本気で褒めてストレスに対処

 「聞く」ことができたら、次は「復唱」です。相手が話したことをきちんと口に出して、同じことを言う。ばかばかしいと思わないでください。復唱されると相手は安心します。そして「承認」する。承認は簡単に言うと「褒める」なんですが、日本人は苦手ですね。

 一生懸命その人のことを聞き、「ああ、○○課長のことで君は悩んでいるんだ」と復唱もした。しかし最後に、「そうやって悩むことは人間としてとても大事なことだから、悩むのは当たり前だと思うよ」という承認ができない。「えーっ、だめだよ、そんなことで悩んだら」とか、「頑張れよ。悩みなんて忘れちゃえ、忘れちゃえ」と言うのは承認ではありません。

 「あなたの言っていることはよく分かる。そう思うことは仕方がない」だったり、「君はもっとポテンシャルがあるから、頑張らなくていいよ。君の本当のポテンシャルを自分がちゃんと自覚すればいいだけだと思うよ、いつもこんなに笑っているじゃないか」というように、本気で褒める。

 特にSEは褒めてもらうことが少ないようです。できるのが当たり前の仕事と思われていて、「おお、よくできたな」とか褒めたり褒められたりがないと、関係者は口をそろえて言います。この間、ある会社のSE向けの研修をしていたら、いつものSEのイメージと全然違うことがありました。不思議に思って尋ねると、上司との飲み会とか朝礼があって、とにかく会話が多い会社とのことでした。聞く、復唱する、承認するがうまくできているのだと思いました。

>>後編 

MJコンテス 取締役 メンタルスキルコンサルタント
田中ウルヴェ 京(たなか・うるう゛ぇ・みやこ)氏
1988年日本大学在学中にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダルを獲得。91年に渡米し、セントメリーズ大学院修士修了。スポーツ心理学を軸にした認知行動療法、キャリアトランジションを3つの大学院で学ぶ。日、米、仏のナショナル・コーチなどを歴任。2001年、MJコンテス取締役。同社経営に加えプロ選手から一般までメンタルトレーニングなどを指導。研修や講演は年間200超。

(聞き手は,桔梗原 富夫=日経コンピュータ編集長,取材日:2008年4月1日)