無線LAN規格IEEE 802.11nのドラフトに対応した無線LANルーターが日本国内で発売されてから,約2年が経過した。今では,一時期と比べるとメーカーによる速度競争も目立たず,大きな機能の変化も見られない。そうした中で,今後の無線LAN市場にはどんな変化が起きていくのか。無線チップメーカーの米ブロードコムで,無線LAN事業を統括しているマイケル・ホールストン副社長に展望を聞いた。

(聞き手は松元 英樹=日経コミュニケーション



写真1●米ブロードコムの副社長 兼 ホーム アンド ワイヤレスネットワーキングビジネスユニット ゼネラルマネージャーのマイケル・ホールストン氏
写真1●米ブロードコムの副社長 兼 ホーム アンド ワイヤレスネットワーキングビジネスユニット ゼネラルマネージャーのマイケル・ホールストン氏
[画像のクリックで拡大表示]

日本向けの無線LAN市場ではどの分野に注力しているのか。

 これまでの無線LANといえば,パソコン向けのネットワーク機器で使われることがほとんどだった。ただ,こうした機器で求められる機能は,あくまでも規格で定められたものであり,無線LANボードにしろ,ソフトウエアにしろ差別化が難しい。

 現在,日本において無線LANの搭載が進むと注目している分野は二つある。一つは低消費電力が必要とされる携帯電話,デジタルカメラなど小型機器。二つ目は液晶テレビやブルーレイレコーダー,セットトップボックスといった情報家電である。この2分野については,チップの小型化や省電力化などで他社と差別化できるし,パソコン向け機器に加えて,新たな市場を開拓できるだろう。日本での投資を強化し,エンジニアを拡充することで,家電など機器メーカーのバックアップ体制を作っていく。

情報家電を無線化することで,どんな用途が実現できるか。

 Apple TVのようなネット経由で動画データを取得する機器が話題になっているが,将来は,こうした利用シーンは変化するだろう。現在のように,一度動画をドライブの中に溜めてから再生するのではなく,インターネット経由のストリーミング再生が当たり前になる。そうなったとき,ストリーミングの動画データを,家の中でいかに無線送信できるようにするかが我々の使命と考えている。

 こうした用途を拡大するカギを握るのが,NGN(next generation network)に代表される光ファイバーの接続サービスと考えている。日本は他国に先駆けて光ファイバーが普及しており,NGNにも大いに期待している。

無線LANを小型機器や家電へ搭載する際に求められる技術とは。

 小型機器に搭載できるように,小型の無線LANモジュールを開発した(写真2右)。1年ほど前にメーカーへの提供を開始しており,現在では量産を開始した。サイズは9×8ミリメートル。この中にIEEE 802.11a/gに加えてBluetoothの機能も内蔵した。これだけを見ると無線LANのチップだと勘違いされることもあるが,パワーアンプなど無線通信に必要な機能を収めたモジュールになっている。無線使用時の消費電力は最大200ミリワットで,スリープモード時は1マイクロワットとしている。2008年末までには,IEEE 802.11nへの対応も進める。

写真2●右が9×8ミリメートルという小型サイズでIEEE 802.11a/g,Bluetoothの通信機能を内蔵した無線LANモジュール。左は11n対応の無線LANモジュール
写真2●右が9×8ミリメートルという小型サイズでIEEE 802.11a/g,Bluetoothの通信機能を内蔵した無線LANモジュール。左は11n対応の無線LANモジュール
[画像のクリックで拡大表示]

 家電への搭載を進めるには,QoS(サービス品質)の制御が重要となる。無線LANの規格にもQoSを保つ「WMM(Wi-Fi Multimedia)」という機能があるが,それだけでは不十分。そこで,エラーレートが増えて動画送信に支障が出る前に通信速度のレートを素早く落とす,といった制御をしている。

 IEEE 802.11nドラフト対応製品では,すでに最大200メガビット/秒の速度が出るものもある。ただ,家の隅から隅まで,高い通信速度が常に得られるとは限らない。我々は,HD(high definition)動画をストレスなく楽しむためには,家のどこからでも確実に40メガビット/秒で接続できるようにしたいと考えている。なぜなら,HD動画をMPEG4で送信すると,6メガビット/秒程度になる。家族3人が同時に利用することを想定すると,HD動画3本分で18メガビット/秒。安全のために2倍強の帯域を確保するとすれば,40メガビット/秒が必要になるからだ。

 現在,世界各国の家庭でさまざまなテストを実施しているところだが,欧州の石造りの家などでは通信速度が落ちてしまう。確実に40メガビット/秒を保つ無線LANチップを今年中に完成させたい。