【後編】災害時要援護者の把握が難しい,個人情報保護法は改正すべき

>>前編 

新潟県は,ここ数年の間に大きな地震や水害に立て続けに遭遇,そしてそれを乗り越えてきた。被災後の活動にITはどのような形で役立ったのか,あるいは役立たなかったのか。責任者として陣頭指揮に立った泉田知事にお話をお聞きした。

新潟県ではここ数年,大きな災害を続けて経験しました。災害時のIT利用についてのお考えをお聞きしたいと思います。

泉田 災害時対応に関連して言えば,個人情報保護法,特に行政機関個人情報保護法(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律)は問題が多いと思っています。この法律があるために,現場が萎縮してしまって災害時要援護者の情報共有が進まない現状があります。

 例えば,県土が広くて中山間地が多い新潟県では,土石流がよく起こります。県内に地滑りなどの危険地帯が1万カ所以上あるのですが,避難勧告・避難指示は市町村長が防災無線を使って出すことになっています。そうすると市町村内には,ほとんど一律に近い形で情報が流れるわけです。

 そこで何が起きているかというと,広い範囲に避難勧告・避難指示を出しているので空振りとなる地域が増え,事実上の“オオカミ少年”になってしまっているのです。こうしたこともあって,防災無線を聞いて実際に避難行動を起こす人は10%程度しかいないといわれています。

 「1万カ所の地滑り危険地帯で雨量が一定水準を超えた」という情報と,「災害時要援護者がいる」という情報がそろえば,的確な避難指示が出せるのですが,(事実上ほとんど個人情報が使えないので)今はそれができないのです。

情報が使えなければITも活用できません。

泉田 その点については本当に困っています。以前,豪雪で孤立した村に,自衛隊に出動要請をして来ていただいたことがあったのですが,本来は優先されるべき,自分で雪下ろしができない要援護者の住宅が後回しになってしまいました。幼稚園の雪下ろしや鉄筋コンクリートの公営住宅の雪下ろしが先に行われていたのです。自衛隊に的確な情報が伝わらなかったためです。

 行政機関個人情報保護法では,原則的に目的外使用は禁止という内容になっているので,福祉部門が持っている個人情報は防災部門では使えません。ガイドライン(災害時要援護者の避難支援ガイドライン)では,条件によっては情報提供もできることにはなっていますが,「情報を共有しない」という選択をする自治体が今は多いのです。ITを活用することで助けられるかもしれない命が,制度の壁のために助けられないということになっているのです。

ガイドラインがあっても実際には情報が使えないのでは,ガイドラインのあり方が問われますね。

泉田 基本的には目的外使用はするなと法律に書いてあるのに,ガイドラインで共有してもよいと言われても,やはり難しいのではないでしょうか。行政機関個人情報保護法については,「(災害時等で本人の利益になる場合は)情報共有しなければならない」と義務づけるように法改正すべきだと思います。そうしなくては,もはや萎縮してしまっている自治体の現場は修正できないでしょう。

 そもそも,首長から見ていると極めて不合理な仕組みなのです。私のところには福祉部門が持っている個人情報も,防災部門が持っている個人情報も上がってきます。でも,福祉と防災の部門間では情報を共有できない。これはやはりおかしいと思うのです。

携帯電話は常に2台所持しています

個人情報の問題以外の点についてもお聞きしたいと思います。災害時において,ITにできること・できないことがかなり整理されてきたのではないでしょうか。

泉田 裕彦(いずみだ・ひろひこ)氏
写真:栗原 克己

泉田 災害を一様にとらえては駄目だと思います。まず時間軸で変わってきます。最初の48時間,72時間というのは「命を助けること」「被害状況を確認すること」が最優先です。ITといっても,ほとんど電話の世界です。それから,我々の場合だと,ヘリテレ(ヘリコプターテレビ画像伝送無線システム)の画像を受けられるようにしてあります。まず情報を収集する仕組みをどう構築しておくかが重要です。

 災害は一度として同じ顔がないと言われますが,2004年の新潟県中越大震災で一番問題だったのは,孤立の問題でした。地滑りというより山が山ごと動いたような状態で,川が埋まって道路も丸ごとなくなってしまいました。当然,道路の脇に走っていた電話線は切れ,電気は来ず,光ファイバーも切れました。地震直後は携帯電話もつながりにくいしバッテリーが切れたら充電できないという状況でした。

 孤立集落の情報は,道路に「SOS」「ミルク」「オムツ」といったメッセージが大きく書かれていて,それを見て初めてそうした情報が伝わって,そこに物資が届くという状態でした。災害時に情報がないということは悲劇的な状況だということを認識しなければいけません。ITだけに頼っていたらまず対応できないと思っています。陸上自衛隊の皆さんが山奥に入っていって,おばあちゃんがちゃんと無事だったことを確認する,水とか食料を届けるといったことも行われました。「最後は人の足で」という世界は,発災直後にはあります。

 一方,去年の7月の新潟県中越沖地震は全く様相が異なっていて,1日目の夜,上からヘリで見ても,まだら模様に電気が通っているのが分かりました。通信回線も基本的には生きていました。ところが私の電話がつながらない状況が生じたのです。なぜかというと,両方から同時に電話を発信しようとしていたからです。中心となって動かなくてはならない人ほど,発信し続けるわけです。それで電話が通じなくなる。

 声が届く範囲内に指示を受ける人がいる場合は,あちらの市長に,こちらの町長に電話をしてくださいと私が指示をして,担当者が電話をして「つながりました」という形で連絡が取れます。

 ところが,地震が起きたとき私は知事公舎にいました。そんな中であちこちに連絡しようとすると,電話が通じるがゆえに連絡が取れないという状況になってしまったのです。今は,この問題を改善するために携帯電話を2台持っています。受信用と発信用の携帯電話をそれぞれ持って,いざという時に対応できるようにしています。

発災直後に役立つメディアは,テレビと(中波の)ラジオ

メディアはどのような役割を果たしましたか。

 発災直後に一番情報が取れるのは,テレビが映らなければラジオです。それも県単位,県域をカバーする放送局からの情報が頼りになります。コミュニティFMは被災地に近いところに拠点がありますから,停電で発信できません。

 それが3日くらい経つと,今度は「市役所ではこういう対応をしています」といった一般に地域で皆が共有する情報について,コミュニティFMがとても役に立ちます。

 ところが,「○○小学校避難所においては,何時何分に配給があります」といった情報はFMで流してもあまり効果がないんです。そうした情報は,(避難所の)受付にボードを置いて,ここでは何時に配給があります,今日は自衛隊炊き出しがあります,夕方5時からは女性専用の風呂の時間になります,と紙に書くのが一番伝わります。

 ではインターネットは役に立たないのかというと,これがきわめて役に立つのです。ボランティアを募集する時に,いつどこに行けばいいのかという情報や,足りている/余っている義援物資の情報などを提供するわけですが,個別の問い合わせに職員が対応していてはきりがありません。電子掲示板に書くことによって極めて効率的に災害対応ができます。これがないとボランティアは,うまく機能しないと思っています。

そのほかIT関連で言えば,中越沖地震では,被災後の情報をリアルタイムに反映させてGISを活用していましたね(関連記事)。

泉田 これは大変便利でした。特に,大きな災害になると,応援部隊が県外から入ってきますので,その人たちに作業をお願いする管轄エリアを地名で言っても分かりません。それが地図を渡すと円滑に回ります。被災直後からのGIS活用は,必要な機能として災害対応に標準装備すべきではないか。中越沖地震では,にいがたGIS協議会にボランティアで対応していただきましたが,今後はそうはいかないでしょうから予算措置をすべきではないかと思っています。また,ノウハウを持っている人を自治体それぞれで持つ必要もないので,いざという時にこちらの協議会が出動するような協定を結ぶ形で事業化も可能なのではないかと思います。

新潟県知事
泉田 裕彦(いずみだ・ひろひこ)氏
1962年9月新潟県加茂市生まれ。1987年3月京都大学法学部卒。同年4月通商産業省入省。ブリティッシュ・コロンビア大学客員研究員,資源エネルギー庁石油部精製課総括班長,国土交通省貨物流通システム高度化推進調整官,岐阜県新産業労働局長などを経て,2004年10月,全国最年少(当時)で知事に就任。著書に『知識国家論序説』(共著),『今日も新潟日和』など。

(聞き手は,黒田 隆明=日経BPガバメントテクノロジー編集長,取材日:2008年2月19日)