【前編】伝送容量が増えるのはトレンド,だから光ファイバは必然だった

日本のFTTH普及に技術面で大きな貢献をしたのが,低損失光ファイバの低コスト量産技術「VAD法」だ。電電公社に入社後,VAD法を開発した東京工業大学の伊澤達夫理事・副学長は,光関連の部材や装置を手がけるNTTエレクトロニクスの社長を務め,メーカーの現状にも詳しい。伊澤氏に,光ファイバの意義のほか,FTTHやNGNを取り巻く通信業界の問題点などについて聞いた。

現在,NTTが2000万加入を目指すなど,日本ではFTTHの普及が急激に進んでいる。この状況をどう見るか。

 私が日本電信電話公社(電電公社,今のNTT)の研究所で光ファイバの研究を始めた1970年,隣の研究室ではミリ波の導波管や超電導同軸ケーブルの研究が進められていた。これらの研究は,おそらく光ファイバの数十倍の研究費を使っていた。そのころは,電電公社の中でも光ファイバ通信が本当に使えると思っていた人は,実はあまりいなかった。

 通信に必要な伝送容量が増えていくというトレンドは間違いない。1970年ぐらいからミリ波では間に合わないことは分かっていた。ミリ波の次は光を使うしかないという流れは当然だった。

 ただ,音声通話だけなら,日本国内の幹線網の容量はそれほどたくさんは必要ない。1990年前後に光ファイバがほとんどの幹線網に行きわたったころ,これ以上の帯域は必要ないというのが普通の考え方だった。

 ところが,1995年ころにインターネットが広く使われるようになると,急激にトラフィックが伸びた。それがなければ,光ファイバがこれほど早く使われるようにはならなかった。

現在普及しているADSLに比べ,光ファイバは技術的には優位な半面,回線を敷き直す格好になるから大きな投資が必要となる。

伊澤 達夫(いざわ・たつお)氏
写真:辻 牧子

 ADSLの料金は,ADSLモデムのコストで決まってくるわけで,世界中で使い始めたら,当然値段が下がってくる。ユーザーという観点に立てば,低料金サービスを受けられることは良いことだと思う。

 ただ,技術者として言えば,どのぐらい長続きするのか疑問だ。現実的に,ADSLの加入者数は下がってきている。長期的に見れば,光ファイバを使うというのは間違っていない。

 ただし,FTTHでも低コスト化は重要な要素だ。新しい技術によるサービスが世の中に登場する時,一般ユーザーはあまり技術自体には注目しないからだ。FTTHが日本でこれだけ広まった背景には,家庭の中に置く終端装置ONU(optical network unit)が安価になったことがあるのだ。

NTTが3月からNGNの商用サービスを開始する。NTTのNGNでは,光ファイバをアクセス回線に使うことが前提だ。一方,海外の通信事業者を見ると,アクセス回線はADSLが中心というところも多い。

 NGNの研究開発の中身は,あまり光とは関係しない。研究の大部分は単純に言ってしまえばルーターやルーターの使い方になる。

 基本的にNGNというのは,従来からあるベスト・エフォートで動くIPネットワークではサポートできないサービスを提供するのが目的だ。

 しかし,いまや日本では一人のユーザーが10Mビット/秒ぐらいの帯域を普通に使うようになっている。ADSLでは収容局からちょっと離れたらそのような速度は出ないだろう。値段が同じなら間違いなく光ファイバを使う。

 銅線を使い続けたら,取り換えなければならないという問題もある。そのときにまた銅線を張るのか,あるいは光ファイバを張るのかと問えば,おそらく光ファイバを張ると答えるだろう。それでも銅線の方が良いと言う人の価値観には賛同しかねる。

>>後編 

東京工業大学 理事・副学長
伊澤 達夫(いざわ・たつお)氏
1941年生まれ。1970年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。同年日本電信電話公社(電電公社)入社。武蔵野電気通信研究所に入所後,カリフォルニア大学バークレー校客員研究員,電電公社基礎研究所 物質科学研究部長,光エレクトロニクス研究所長,研究開発本部副本部長,基礎技術総合研究所長を務める。NTTエレクトロニクス代表取締役社長を経て,現在は東京工業大学 理事・副学長(研究担当)。SPIE業績賞,電子通信学会業績賞,電子通信学会論文賞,科学技術長官賞,恩賜発明賞,前島密賞,紫綬褒章,IEEE David Sarnoff Award,C&C賞など,受賞歴多数。光ファイバの低コスト量産技術「VAD法」や,光スプリッタの基礎となる平面光回路を開発し,FTTH普及に技術面で大いに貢献する。趣味は,ゴルフと家庭菜園。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年1月21日)