【前編】携帯の減速要因は慢心もある,原点の顧客満足に立ち返る

携帯電話の番号ポータビリティ開始後,破竹の勢いで独り勝ちを収めてきたKDDI。だが最近はその勢いにかげりが見え始めている。固定通信事業ではNTTグループが3月にNGN(次世代ネットワーク)商用化をスタートし,総合通信事業者としてのKDDIに否応なしの変化を迫る。同社の小野寺正社長兼会長に2008年の事業戦略を中心に聞いた。

KDDIが出資しているワイヤレスブロードバンド企画に昨年末,モバイルWiMAXの認可が下りた。KDDIの立場ではこれをどう生かしていくのか。

 モバイルWiMAXの最大のメリットは,携帯電話とはサービスの構造が違うことにある。携帯電話は端末とサービスを1対1で結び付けているが,モバイルWiMAXは端末とサービスが別々の形で提供される。つまりは「オープン化」だ。アプリケーションも通信事業者が提供するのではなく,サードベンダーが作るようになる。

 ただ,別会社が免許を取ったので,KDDI自身がサービス提供するのとは色々な点で違ってくる。ワイヤレスブロードバンド企画から見ればKDDIもワン・オブ・ゼムとなり,KDDIだけが有利な条件でWiMAXを使えるわけではない。そのあたりを十分意識しながら,検討を進めなければならないと思っている。

 一方で設備的な面は,我々がワイヤレスブロードバンド企画に十分な協力をしないといけない。例えば基地局は,ツーカーの基地局設置場所をそのまま使う予定だ。KDDI単独でやるのとは条件が違うし,これがちょっと頭の痛いところだ。

携帯電話もモバイルWiMAXのようにオープン化できないのか。

小野寺 正(おのでら・ただし)氏
写真:室川 イサオ

 携帯電話では,垂直統合型とオープン型が並行する形になるだろう。もちろん,オープン化は時代の流れで社会からの要請でもあるだから,当然我々も進めている。MVNOへの対応はその最たるものだ。

 ただ,非常に難しい問題も残っている。周波数の有効利用を考えると,いずれ次世代の携帯電話の規格に移行せざるを得なくなる。この際,現行端末などの既存資産が利用できなくなる可能性がある。我々は事業者の責任として取り替えていく。ツーカーをやめる際も,ユーザーの端末を取り替えるためのコストをかなり負担している。

 問題は端末の交換などをMVNOの責任でやってもらえるのかということ。コストを負担できないから,携帯電話を次世代に移行しないでくれとなると,電波を有効利用できないし,ユーザーのメリットも失う。オープン化を進めるには,これらを整理しないといけない。

KDDIの携帯電話事業に一時の勢いがない。一部では「KDDIは慢心していたのではないか」との指摘もあるが。

 昨年はマスコミに「独り勝ち」などと書かれたが,そのときから私が一番心配していたのはこの点だった。勝っているときこそ変化しなければならない。にもかかわらず,2007年は新規性のある大きなサービスを出せなかった。

 今までの流れの中で良いという空気が,社内にあったと考えざるを得ない。確かに,流れが良いときにそれを変えるのは非常に難しい。成功体験で悪い方向に引っ張られてしまった。

 立ち直るには,CS(顧客満足)という原点に戻るしかないと考えている。顧客満足度を上げるには,ユーザーの要望よりも一歩先を読んでサービスを提案していく必要がある。これをもう1回やり直すしかない。

そのための具体的な方策は見えているのか。

 例えば,法人ニーズへの対応をきちっとやるのもその一つだ。大企業向けではそれなりのシェアを取れているが,中小企業には十分に踏み込めてない。ここを強化しないといけない。

 また,個人の嗜好や考え方に踏み込んだマーケティングも考えていかないといけない。我々がこれまで狙っていたマーケットは,極端に言うとマス市場だけだった。しかし携帯電話も成熟期に入っており,マスだけでは不十分になってきている。

>>後編 

KDDI 代表取締役社長兼会長
小野寺 正(おのでら・ただし)氏
1948年2月3日生まれ。宮城県出身。70年3月東北大学工学部電気工学科卒業。同年4月に日本電信電話公社(現NTT)入社。84年2月にマイクロ無線部調査役。84年11月にDDI入社。89年6月に取締役就任。95年6月常務取締役。97年6月に代表取締役副社長。98年6月に技師長兼移動体通信本部長。2000年10月にDDIとKDD,IDOが合併した新生DDIが発足し,同社の代表取締役副社長に就任。2001年4月にKDDIに社名変更。同年6月にKDDI代表取締役社長に就任。2005年6月に同社取締役社長兼会長に就任,現在に至る。趣味は,音楽鑑賞と,愛犬と近所を1時間程度ウォーキングすること。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年1月16日)