米国では今のIPをゼロから見直し,次のインターネット・プロトコルを作る国家プロジェクトが始まっている。一方の日本は,IPネットワークの構築に汲々としている。米国でネットワーク技術を研究する傍ら,日本企業との共同プロジェクトにも参画するカリフォルニア大学アーバイン校の須田達也教授に,米国の次世代プロジェクトの狙いと,日米のネットワーク研究の違いを聞いた。
米国では今,インターネット・プロトコルの次を目指した国家プロジェクトが動き出したと聞く。どんなプロジェクトなのか。
米国でも日本でも,研究者は今のネットワークに対して,「やれることはやってしまった」と感じている。じゃあ,これからどうなるのかというと誰も答えられない。米国はこの問いに対して,政府主導で研究者を新しい方向に引っ張ろうと積極的に動いている。それがGENI(global environment for networking innovations)とFIND(future internet network design)というプロジェクトだ。
FINDは,現在のインターネットのアーキテクチャを見直し,今後必要となる要素技術を作るプロジェクト。一方のGENIは,FINDで作ったものを試してみる実験の場だ。IPネットワークの上のオーバレイ・ネットワークとしてだけではなく,低レイヤーでも実験できる実験網を作る予定だ。FINDでの要素技術研究は2010年ころに完了する予定なので,GENIは2009年ころから稼動することになるだろう。実験終了は2014~2015年ころになりそうだ。
FIND/GENIのプロジェクトが始まったことでネットワーク研究者の眼の色が変わった。これまでは既存のIP技術が足かせとなっていたため,IPに代わる新しい技術を開発してもどうせ使われないだろうという感じだった。今は新技術が実用化される可能性があるので,真剣さが全然違う。
日本の研究者も同じ閉塞感を持っているが,“次を作ろう”という試みがあまりなされていないような気がする。
FINDでは新しいアーキテクチャを作るというが,具体的にどんな議論がなされているのか。
撮影:飯塚 寛之 |
今までのネットワーク技術が実現できなかった機能だ。アドレス/ネーミング,セキュリティ,レイヤーの見直し,有線と無線の融合など様々なテーマについて,これまでとは根本的に違った解法が提案されている。
例えばアドレスとネーミングでは,現在のIPアドレスが本当に適切なアドレス体系なのかといったことを議論している。そのうちの一つは,現実の世界と IPアドレスのギャップをどう埋めるかだ。現在のIPアドレスはその人の住所と名前を一つのIPアドレスで兼ねている。これは現実とは違う。現実の世界では私の名前は須田で,住所は米国のカリフォルニア州,性別は男,という具合だ。もしかしたら,住所と名前以外の種々の属性をIPアドレスの代わりに使った方が,使い勝手がいいかもしれない。
セキュリティで議論されているのは,匿名性および情報へのアクセスをどう管理するかという問題だ。例えば個人の健康情報については,医者は見ることができるが,他の人は見ることができないといった仕組みを考えている。
レイヤーの見直しでは,いわゆるOSIの7層の概念をすべて取り払うといった議論がなされている。今のネットワークは階層を設けているため,同じような機能を各層で実行するケースが生じている。これは,全体から見ると効率が悪い。
有線と無線の融合では,これまで有線を中心に考えてきたネットワークを見直し,無線を中心にしたらどうなるのかといった議論をしている。
FIND/GENIでは,主に大学関係の研究者が中心となって取り組んでいるようだが,ネットワーク・ベンダーの取り組みはどうか。
FINDは基礎研究のプログラムなので,ベンダーはFINDにはあまり参加していない。一方,GENIでは,コンピュータ・ネットワークの黎明期の60年代に初期のルーターを開発したBBNテクノロジーズに開発の主導的な役割が委託された。テストベッドを作る場面で,今後いろいろなベンダーが入ってくることになるだろう。予算措置が決まったのが最近なので,どのベンダーが参加するかは現時点では未定だ。
米国がFIND/GENIで主張しているのは,「将来のネットワークは,今のIPのままではだめだ」ということ。これは,現時点でIPの世界で独り勝ちをしているのが米国企業であることを考えると注目に値する。こんなチャンスはめったにない。競争相手が自分の得意とする分野を捨てて,それに変わるものを一から作ろうとしているのだから。
もちろん,新しいネットワークを一から作ろうというFIND/GENIうまくいくとは限らない。失敗するかもしれない。それでも,早い段階からFIND/GENIに参加すれば,日本のネットワーク・ベンダーが世界的なマーケットに進出する足がかりを作れるかもしれない。日本はこのチャンスをつかむべきだ。このまま何もしなければ,将来のネットワークにおいても米国に主導権を握られてしまう。
>>後編
|
(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年7月23日)