米国では今のIPをゼロから見直し,次のインターネット・プロトコルを作る国家プロジェクトが始まっている。一方の日本は,IPネットワークの構築に汲々としている。米国でネットワーク技術を研究する傍ら,日本企業との共同プロジェクトにも参画するカリフォルニア大学アーバイン校の須田達也教授に,米国の次世代プロジェクトの狙いと,日米のネットワーク研究の違いを聞いた。
FIND/GENIは米国の国家プロジェクトであるわけだが,その活動に日本が関与することができるのか。
FIND/GENIは米国内のプロジェクトと見られているかもしれないが,日本からも参加できる。
例えばFINDは,NSF(national science foundation)がサポートするプロジェクトのメンバーを集めて,年2~3回ミーティングをやっている。これには一般参加が認められている。参加したい人は,自分の研究内容とそれがFINDの活動にどのように貢献できるかを明らかにする。FINDプログラムが役に立ちそうだと判断すれば,参加資格が与えられる。
一方,GENIの方はグローバルなネットワークで実験しないと意味がないため,NSFのトップがヨーロッパや日本を回って,各国に協力を呼びかけているところだ。日本では情報通信研究機構(NICT)がそれに応えようと,色々な取り組みを始めようとしている。
本来,FINDやGENIのような取り組みは日本が世界に先駆けて実施すべきだった。だが,米国が先に始めてしまった。仮に,これから米国に対抗するべく,FIND/GENIと同じような取り組みを日本独自に始めたとしても,これまでの歴史が示すように勝算はない。であれば,米国と協調して,同じ方向性を持つ研究を一緒に協力しながらやっていくのが一番妥当なやり方だろう。
日本でも研究開発を主目的とした国家プロジェクトは存在したと思うが,日本独自の国家プロジェクトに否定的な理由は。
撮影:飯塚 寛之 |
日本の国家プロジェクトは,ビジョンや最終目標がはっきりと見えないことが多いような気がする。また,他国との関係,協調をあまりしていないと思う。日本では,年度ごとに予算が配分されることも多く,短期のプロジェクトになりがちで,FIND/GENIのようにネットワークを根本的に見直すといった,長期的なプロジェクトは,あまりないようだ。
日本独自でFIND/GENIを真似た対抗プロジェクトを立ち上げるのではなく,視野を大きく持って,世界の中で日本およびその国家プロジェクトの果たすべき役割をよく考え,米国やヨーロッパと協調しながら研究をしていくべきではないだろうか。それにより,日本の作り出した新しいビジョンや研究結果,技術が世界に広まっていくのだと思う。
米国のFIND/GENIの場合,米国政府が率先して立ち上げたように見えるが,実際は違う。その前の段階があった。FIND/GENIが立ち上がる前に,我々のような研究者と企業,政府が「次は何を研究すべきか」という活発な議論を繰り返し,共有するビジョンを一緒になって創っていたのだ。その議論の中からプロジェクトの芽が生まれた。だからプロジェクトが立ち上がったときは,すでに政府関係者と研究者の間で問題意識が共有されていた。
このようなビジョンの作成の仕方,長期的なプロジェクトの作り方など米国から学べることはかなりあると思う。日本は,米国と協調することにより, FIND/GENIのプロジェクトへの技術的な参加だけでなく,長期的なビジョンやプロジェクトの作り方を学ぶことができるのではないか。
問題はどこにあるのか。
視野を大きく持って,世界の中での日本,世界の中での自分を考えてほしい。そうすれば,おのずと果たすべき役割がみえてくるのではないだろうか。研究者,政府関係者,企業各々が,その枠の中だけで考えず,広い視野を持つ。例えば大学の教員なら大学が日本の文化・社会の中で果たすべき役割を考える。さらには,日本が属している,世界の中での大学の果たすべき役割を考える。そうした思考を進める中で,それぞれができること,やるべきことが見つかるはず。これを真剣に実行してほしい。それにより,日本独自の文化に基づいた新しい研究や技術が創られ,世界に広まっていくのだと思う。
米国の研究者の多くは社会のこと,社会の中で自分の果たすべき役割を真剣に考えている。
今,個人的に関心を寄せている研究テーマは何か。
超近距離通信という新ジャンルを研究している。これまでのネットワークは東京と大阪で通話するといった,実際に会えない人のためのネットワークだった。超近距離通信というは目の前にいる人同士で情報を交換するとき,さらには,人間の体内での種々の生体機構及び人工デバイスの間で通信する時に,より密なコミュニケーションを取るための通信のことだ。例えば,NICTやNTTドコモも進めている「分子通信」技術を使う。今までの技術では伝えることのできなかった,人間の五感で感じる言葉や顔色,しぐさといったもの以外の情報を相互にやり取りすることで,人の相互理解を一層深められるのではないかと考えている。
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(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年7月23日)