【前編】“ケータイ”は身近なコンピュータ 今以上の役割が期待されている

世界中で3億台以上の携帯端末に搭載されるブラウザ「NetFront Browser」を開発するACCESS。最近では,Linuxベースの次世代プラットフォームやNGN(次世代ネットワーク)向けの技術の開発も進めている。同社副社長でグループの最高技術責任者(CTO)を務める鎌田氏に,最近の携帯電話の技術動向やNGNに対する取り組みなどを聞いた。

携帯電話が単なる電話機から情報端末へと進化し続けている。現在の携帯電話が置かれた状況をどう見るか。

 パソコンはもちろん,家電のようなパソコン以外の機器までもがネットにつながろうとしている。これが一つの大きなトレンドになっている。もう一つあるのは,WindowsからLinuxへという流れだ。

 こうした状況の中で携帯電話は,より身近なコミュニケーション・デバイスとして進化してきた。いつでもどこにでも持ち歩けるコンピュータになった。よくカタカナで「ケータイ」と表現されることがあるが,身近で重要なデバイスとなった。

 携帯電話は,通信事業者のビジネス・モデルをベースとして発展してきたわけだが,今は通信事業者のビジネスに閉じた端末としてではなく,もっと広く大きな役割を期待されるようになっていると感じる。

 そこで指摘しておきたいのは,携帯電話のソフトウエアがものすごく複雑になってしまっていることだ。この10年の間,建て増しを繰り返してきたためだ。そろそろ一度整理しなければ,これ以上の機能追加ができなくなりつつある。

 当社が,Linuxベースの次世代プラットフォーム「ACCESS Linux Platform」を開発したのは,そのような問題意識があったからだ。ベースをLinuxにし,マルチタスクで動く先端的なアーキテクチャで携帯電話のプラットフォームを作りたかった。

携帯電話が身近なコンピュータ・デバイスに進化すると,電話が主たる機能ではなくなっていくのではないか。

 ACCESS Linux Platformから見れば,電話は多くの機能のうちの一つにすぎない。もちろん,いわゆる電話という端末はマーケットの中でかなりの数が残ると思う。ただし,それらは必ずしもオープンなプラットフォームにする必要がないだろう。Linuxベースのオープンなプラットフォームで作る機器は,単なる電話ではなく,もう少し広い分野をターゲットすることになるだろう。

 機器の形状にも変化が出てくる。例えば,これまでの携帯電話にはキーパッドが付いていたが,アップルのiPhoneはタッチパネルを全面的に採用している。確かに,携帯電話に搭載されるアプリケーションを考えてみると,キーパッドを使うアプリケーションはメールと電話くらいだ。従って,キーパッドをソフト化して,必要なときだけ表示するという発想はリーズナブル。携帯電話は,パソコンのような汎用的な端末になっていくと思う。

NetFront Browserは世界で3億台以上の端末に搭載されているが,日本発のソフトが世界に受け入れられた理由は。

写真●鎌田 富久(かまだ・とみひさ)氏
撮影:新関 雅士

 最初から世界で売るつもりで組み込みソフトの開発を始めたことが大きいのではないだろうか。「まずは日本で成功を収め,それから海外展開しよう」という発想はなかった。

 端末メーカーはどこも,携帯電話用ソフトの開発ベンダーを慎重に選んでいる。一度使い始めると何年も使い続けなければならないからだ。もし我々がうまくやっていけず,日本に帰ってしまうと端末メーカーは困ってしまう。だから彼らは,我々が本当に腰を据えているかを注意深く見ている。選んでもらうには,時間をかけて信頼を勝ち取らなければならない。

 組み込みソフトの難しいところは,言語対応だけではローカライズが済まないことだ。それぐらいなら日本にいてもできる。メーカーと一緒になって共同開発していかなければならない。

 例えばユーザー・インタフェース一つとっても,かなりのローカル・ルールがある。通信事業者の好みもあるし,ヨーロッパの人たちが好むテイストもある。それは,中国の人の好みとは違う。このため,ローカライズするには現地で技術者を雇用し,彼らを優秀なエンジニアに育て,そして我々のソフトのことも彼らに理解してもらわなければならない。これには相当な時間がかかる。

携帯電話については国内のキャリア中心の事業モデルを問題視する声がある。

 確かにそうした指摘は一理あるが,多くのメリットがあったことを忘れているのではないだろうか。これだけ急速にケータイ文化が浸透したのは,キャリアが中心となってコンテンツを作り,端末,サービス,料金体系をシンクロさせたからだろう。

 テレビとか,他のサービスでも似たようなことができそうに思えるが,センターがいないためにうまくいっていないのではないかと思う。誰がコンテンツを集めてくるか,どう課金するかが決まらないと,うまく立ち上がらない。

>>後編 

ACCESS 取締役副社長兼CTO
鎌田 富久(かまだ・とみひさ)氏
1961年生まれ。東京大学理学部情報科学科博士課程修了。1984年,大学院在学中に,現社長兼最高経営責任者(CEO)の荒川亨氏とともに基本ソフトウエアを開発するベンチャー企業,有限会社アクセスの設立に参加。1996年11月に株式会社ACCESSに改組されると取締役副社長に就任する。2005年5月から最高技術責任者(CTO)を兼任。2007年2月からは米パームソースを前身とする,アクセス・システムズ・アメリカスの最高経営責任者(CEO)も兼務する。4年間に100回以上海外出張しており,「時差に関係なく仕事ができることが特技」という。

(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年5月22日)