インターネットのトラフィックが増大し続ける中で起こった,コンテンツ事業者と通信事業者による“ネットただ乗り論争”。こうした問題も含めて議論されていた総務省の「ネットワークの中立性に関する懇談会」が報告書案を6月に公開した(関連記事)。総務省の谷脇康彦・事業政策課長に,ネットワーク中立性の問題の経緯や今後について聞いた。

(聞き手は宗像 誠之=日経コミュニケーション



この懇談会を始めようとした経緯を聞きたい。


総務省の谷脇康彦・事業政策課長
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 まず米国では,2005年くらいからネットの中立性を巡り,米グーグルやヤフー,アマゾンなどの上位レイヤーのネット事業者と,インフラを持つ通信事業者の対立が出てきた。上位レイヤーの事業者が力を付ける中で,政治家へのロビー活動も始まっていた。

 なぜこうした問題が出てきたかというと,長距離通信事業者が地域通信事業者に買収され,「長距離事業者 vs 地域事業者」という通信事業者間の対立がなくなったことが一つの背景にある。さらにブロードバンド化が進み,上位レイヤー事業者のトラフィックが増えて,バックボーンのコスト負担の問題などが,ネットの中立性として議論されるようになった。

 一方,日本では世界一ブロードバンド化が進んでおり,実際にインターネットは混雑し始めている。「インフラただ乗り」を指摘する声が通信事業者から出始め,通信事業者と上位レイヤー事業者の対立が出てきた。そうなると,米国とは違う日本ならではのネット中立性の議論が必要と考えた。アクセス回線の光化が進めば,下りだけでなく上りのトラフィック量も増える。こうした状況では米国よりも日本の方が,具体的なネット中立性の議論ができるのではないかと思ったわけだ。

 実際に議論を始めてみると,ネットの中立性はインターネットの在り方そのものでもあることが分かってきた。NGN(次世代ネットワーク)というネットワークが登場する中,今後の通信政策を考える上でも避けては通れない問題だと思っている。

「ネットの中立性」の問題では,どうしても,インフラただ乗りを巡る議論が注目される。

 それだけではなく,ネットの中立性は大きく分けて二つの切り口がある。一つは,インフラただ乗り論に端を発した「ネットのコスト負担の問題」。二つめが,「ネット利用の公平性の問題」だ。さらにネットといったとき,インターネットだけなく,今後はNGNが出てくる。これらをしっかり定義して理解しておかないと,ネットの中立性の議論を理解しにくい。

 まずネットのコスト負担の問題だが,インターネットが混雑するとバックボーン設備の増強が必要になる。この問題を細かく分けると,(1)ライトユーザーとヘビーユーザーの公平性,(2)上位ISPと下位ISPの公平性,(3)コンテンツ事業者と,通信事業者やISPのコスト負担の問題――に分けられる。

 ただ,インターネットのトラフィックは正確に計測されているわけでなく,ISPの帯域制御はポリシーが各社バラバラだ。だから,帯域制御をする場合はISP同士がコンセンサスをとって実施すべきという議論になってきている。

 インターネットを混雑させる大きな要因が,ピア・ツー・ピア(PtoP)のトラフィックだという現状も考慮して,ヘビーユーザーからは追加料金を取ることは合理的根拠があると考えられる。これらは報告書案に盛り込んだが,実際はパブリック・コメントを見てから結論を出すことになる。

 ネットワーク利用の公平性の点では,米国と違い,日本ではアクセス回線のボトルネック性が高い。さらに,2007年度後半にはNTT東西がNGNという新しいネットワークを商用化するため,インターネットとNGNの関係を巡る議論が今後本格化する。ネットの公平性を確保する上で,(NTT東西が構築する)NGNのオープン化は必要であり,アクセス回線やプラットフォーム機能の市場支配力をNGNの展開で有利に使うことは防がなければならない。

 インターネットは自立・分散・協調を基本として発展してきたし,今後もその原則は維持されるべきだ。しかしボトルネック性の高いアクセス回線を保有しているNTT東西のNGNには,競争を阻害する要因を排除して,ブロードバンド市場の公正競争を確保するための競争ルールが必要だ。競争を阻害するような行為やネットの良さを減じる行為があってはならない。

著作である「インターネットは誰のものか」の中でも,ネット中立性の議論が米国で盛り上がっていることが紹介されている。日本のブロードバンド化が進んでいるとはいえ,米国の方が政界や世論を巻き込み,ネットの中立性に対して関心が高いのではないか。

 米国では民主党のヒラリー・クリントン上院議員やオバマ上院議員などがネット中立性の問題を取り上げている。また,連邦通信委員会(FCC)が中立性に関するコメントを募集したところ,1万人以上もの個人から意見が来たという。

 これは米国におけるネット中立性の議論が,表現の自由を巡る議論に発展したからだ。つまり,通信事業者がコンテンツのトラフィック量の制限などをすれば,インターネットでの表現の自由が脅かされることになるのではないか,という問題意識が生まれて盛り上がった。

 ただし,ネット中立性に関しての日本のユーザーの関心が,それほど小さいとは思わない。既にネット中立懇のパブリック・コメントの募集には一般ユーザーからも意見が来ている。

 日本においても,ネットの中立性を巡る議論は,短期というより中長期的な問題だ。今回の報告書が出たからといって,すぐに何かが大きく変わるわけではないが,国内でもコンテンツ事業者や通信事業者だけでなく,一般ユーザーが議論に参画していただく機会を作っていきたいと思っている。