「偏在する未来」像を突きつける1冊

 メディア論で有名なマクルーハンに影響を与えた社会学者ハロルド・イニスは、様々なメディアの登場によって国家のあり方も変わると考えた。例えば古代エジプトは、パピルスという可動性を持つメディアと、石碑という永続性を持つメディアの力によって、広大な帝国を長年にわたって維持できたという。情報を扱うテクノロジーが人間社会にとっていかに重要なものかが分かる。

 現代の私たちにとって、情報を扱うテクノロジーとはデジタル技術にほかならない。ではデジタル技術によって、今後どのような社会が生まれるのか―このテーマに対して明確な意見を示しているのが『第五の権力』である。

 本書はグーグル会長のエリック・シュミットが共著者となっていることで話題を集めている。だからといって、単なるデジタル技術の解説書でもなければ、バラ色の未来社会を夢想するものでもない。むしろ「SNSやオンライン口座など、仮想世界でのアイデンティティが奪われ、金品を要求される“仮想誘拐”が流行する」といった、ネガティブなシナリオが多く示され、そのインパクトの大きさに驚かされる。

 これは恐らく、もう一人の共著者であるジャレッド・コーエンの影響だろう。彼は24歳という若さで米国国務省の政策企画部スタッフに採用され、コンドリーザ・ライス、ヒラリー・クリントン両国務長官の下で政策アドバイザーを務めた。それ故に、本書で引用される国際問題(組織犯罪やテロ、戦争など)は具体的であり、現実に起こった事例に基づいて考察されている。

 一方で本書には、技術的な楽観主義も入り混じる(こちらはシュミットの意向を反映したものかもしれない)。例えば、デジタル世界はデータの蓄積・分析がしやすいので、テロ活動などは今後把握されやすくなるだろうといった下りだ。第2次世界大戦中の英国で開発された計算機「コロッサス」は、ドイツ軍の暗号を解析するのに威力を発揮し、戦争の終結を早めたといわれる。こうした例を思えば、来る「新しいデジタル時代」(原著タイトル)も、輝かしいものになると期待できるのかもしれない。

 いずれにせよ本書で描かれるのは、ネットやモバイル、さらには3Dプリンターやドローンなどといった先端技術の普及により、大きく変貌を遂げた社会の姿だ。その多くは空想ではなく、いま起きている現実である。SF作家ウィリアム・ギブスンは、「未来は既にここにある―ただ均等には到来していない」と述べた。本書はそんな風に偏在する未来を、読者に突きつける1冊になるだろう。

 評者 こばやし あきひと
日立コンサルティング シニアコンサルタント。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、外資系コンサルティング企業、国内ベンチャー企業を経て現職。ビジネス書の翻訳も手がける。
第五の権力


第五の権力
エリック・シュミット/ジャレッド・コーエン 著
櫻井 祐子 訳
ダイヤモンド社発行
1944円(税込)


■同じ本の別の書評も読む