タイトルにある「トヨタの(人材の)育て方」は、トヨタでしか通用しない考え方やノウハウではない。どの会社にも応用できる──。本書の冒頭にはそう書かれている。つまり、IT業界にも通用するはずだ。
この本は、人が育つことで知られるトヨタの人材育成メソッドを簡潔に紹介している。著者のOJTソリューションズには現在、50人以上の元トヨタ社員が「トレーナー」として在籍している。
トレーナーたちのノウハウをいくつか紹介しよう。例えば、「コミュニケーションは朝とりなさい」。
あるトレーナーは朝の1時間を「おはようミーティング」に充て、現場のリーダーたちとの対話に自分の時間を費やしてきた。朝礼で部下のハートをつかみ、現場のモチベーションを上げる。
IT職場の上司たちは、これができているだろうか。
このトレーナーは毎朝現場を見て回る時、あえて「けもの道」を通るようにしていたという。けもの道とはすなわち、本来の通路はわざと通らずに、部下たちの顔色を見ながら、縫うように職場を歩き回ることを指す。脇道に逸れてみると、そこには色々なものが隠され、現場のだらしなさがすぐに分かるというのだ。
これは何も、工場だけの話ではない。IT職場のオフィスでも同じだ。
トヨタの上司たちはこうしたちょっとした工夫で、部下に関心をもって接し、対話する機会を意図的に作ってきた。「対話が重要だ」とはどの会社でも言われていることだが、IT職場には「このちょっとした工夫」を実践できている上司がどれほどいるだろう。
上司から唐突に「何か困ったことはないか?」と聞かれても、とっさには応えにくいもの。まして上司との信頼関係がないうちに、正直に困りごとを打ち明けてくる部下は少ない。
IT職場では風土改革が急務とされるが、解決のヒントはこんなところに隠れているのではないか(関連記事:「無関心の壁」「仲のいいけんか」「検索脳」、柴田氏の7つの語録から読み解くいい会社への道)。
実はトヨタには、上司と部下との対話の仕方に「このようにしなさい」というルールはないという。やり方はそれぞれの上司に任されている。
別なトレーナーは毎朝、部下の名前を呼ぶことを習慣にして、部下への声かけを実践してきたそうだ。おはようミーティングや部下の名前を呼ぶことは一例にすぎないが、IT職場でも試してみる価値がある。
トヨタの管理職の人事考課要素に「人望」が含まれているのは有名な話だ。本書には、人望を集めるトヨタの上司たちが実践してきた人材育成のヒントがあふれている。
トヨタの育て方
OJTソリューションズ 著
中経出版発行
1365円(税込)
- トヨタの片づけ (日経情報ストラテジー,2013年2月19日)
- 「カイゼン」は木を見て、森も見よ (日経情報ストラテジー,2013年6月28日)
- トヨタの上司が部下に語る「ひばりの親子」「村祭り」の童話 (日経情報ストラテジー,2007年11月8日)
- 「カイゼンは巧遅より拙速」行動が遅いと外されるトヨタの厳しさ (日経情報ストラテジー,2006年9月27日)