ICTで社会課題に挑む――。ICT関連の展示会などでよく目にするフレーズだ。著者がこうしたフレーズを見たときに真っ先に思い浮かべるのが生川慎二氏である。

写真1●生川慎二氏。富士通ソーシャルクラウド事業開発室のシニアマネージャーにして「社内社会企業家」である(撮影:都築雅人)
写真1●生川慎二氏。富士通ソーシャルクラウド事業開発室のシニアマネージャーにして「社内社会企業家」である
(撮影:都築雅人)
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 生川氏は富士通ソーシャルクラウド事業開発室 事業開発統括部でシニアマネージャーを務める。だが、本企画で取り上げさせていただくにあたり、肩書きを「社内社会企業家」とした。

 高齢者支援という社会活動と自社ビジネスの創出展開の二つを両立させている点で、社内社会企業家という肩書きがふさわしいと思ったのである。実際、生川氏は「ソーシャルイントラプレナー大賞」を今年2月に受賞している。

 著者は2012年2月27日、生川氏に長時間インタビューさせていただいた。2011年3月11日の大地震発生直後から、自らの商材であるクラウドを使って被災地のために何ができるかを問い続け、それ以降継続して取り組んでいる復旧・復興支援活動について聞くためだ。

 生川氏の取組みは『挑む力』という書籍の中で紹介している。生川氏たちのエピソードはここからも読める。

 本原稿の題名に入れた生川氏の言葉は、震災直後から被災地で活動し、ツールや人といった富士通の内部リソースを無償で提供し続けることに対して社内の一部から上がった懸念を一蹴したときのものだ。

 「実践あるのみ。理屈なんて後付けです。考えてから行動するのでは遅い。行動しながら考えて、実践知を得るしかありません。そうしながら実績を作れば、必ず報われます。こういった非常時に、やらなかったらどうなりますか。富士通は動かない会社だと思われてしまう」

 真っ先に現地に赴き、被災地支援に取り組んできたからこその言葉だろう。インタビュー時に聞いて感銘を受けると同時に、「ここまでできるものなのか」という思いも抱いた。

 著者は生川氏にインタビューした約1カ月後、東北に行く機会があり、石巻での在宅医療専門の診療所作りを支援するといった、生川氏の言葉を裏付けるいくつかのエピソードを現地で見聞きすることができた。

写真2●祐ホームクリニック 石巻に飾ってあった絵
写真2●祐ホームクリニック 石巻に飾ってあった絵
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 その一例が、診療所の受付に飾ってあった2枚の絵だ。生川氏の関係者が同氏の思いを汲み、診療所を訪れる人々を和ませようと描いたものだという。

 生川氏たちの取組みを取材して以来、ともすれば実感を伴いにくい「ICTで社会課題に挑む」というフレーズが、例えば、クラウドを活用した在宅医療・介護という具体的な“コト”、サービスとして感じられるようになった。

 こうした生川氏の取り組みは今年1月、「高齢者ケアクラウド」というクラウドサービスとして展開された(関連記事)。

 強い思いを抱いて実践を繰り返し、社会活動と自社ビジネス創出展開の両立に挑む。生川氏の肩書きはやはり、社内社会起業家がふさわしい。


田島篤
出版局
 日経CG、日経コンピュータ、日経Linux、日経ソフトウエアにおいて、記者や副編集長、編集長を務めた。ITそのものに加え、それを開発する人や使いこなす人に興味を持つ。