写真●慈泉会相澤病院の熊井達システム部部長
写真●慈泉会相澤病院の熊井達システム部部長
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 「医療のシステムであっても収益性の視点が必要。税金を有効活用するためにも自立したシステムであることが求められる。収益性の視点を欠くと、補助金ありきのシステムになってしまい、補助金が打ち切られたら運営が立ち行かなくなる。そうなれば意図した機能を果たすことができなくなり、せっかく投入した貴重な税金が無駄になる」。

 慈泉会相澤病院の熊井達システム部部長の持論である。

 現在、全国各地で診療情報を地域の医療機関同士で共有化する地域医療連携システムが構築され始めている。経営悪化により閉鎖を余儀なくされる病院や診療所は少なくないし、災害などで診療情報が失われると、地域における医療継続性が損なわれて診療の質が低下してしまう危険があるからだ。

 しかし、それらのシステムには収益性の視点が欠けている場合があると熊井氏は指摘した。この指摘を聞いたのは1年半前の2011年末だったが、当時都道府県などが進めていた地域医療連携システムは、中核病院間の連携を中心にするものが多かった。

 ところが、大部分の患者は自宅から30km圏内の病院にしか通院しないし、中核病院同士は機能が類似しているために患者の移動がそもそも生じにくい。これでは、情報共有によるメリットがあまり得られない。そのためシステムの運営に補助金が前提になってしまう。

 熊井氏の考えはこうだ。病院間で診療情報を共有することで利益を生めば、自立したシステム運営ができる。利益として、患者の紹介料や逆紹介料が考えられる。こうした利益を基にシステムを運営をするには、患者が集中する急性期病院(救急医療などを担当する中核病院)を中心に、各地の医療機関を結ぶような地域連携システムを構築するのが望ましい。

 この考えから相澤病院では、2000年に熊井氏が着任してから、情報共有のための基盤整備やサービスプロバイダー(ISP、ASP)としての取り組みを進めてきた(詳しくは『「タイムライン連携システム」で情報共有、地域全体の診療継続性確保を目指す』参照)。

 最終的には、急性期病院である同院を中心に回復期医療、維持期医療、在宅療養や介護を担当する病院や診療所、介護施設などと包括的な情報連携を実現していく。そうすれば紹介や逆紹介により、連携しあった相互にビジネスメリットが生まれる。

 こうしたゴールを目指し、相澤病院は仮想化技術を採用して院内システムの効率性や柔軟性を高めている。今後はクラウドを積極活用することで、医療継続性を提供できる地域の広域化や、大規模災害に備えたBCP(事業継続計画)対策を実現していく。

 以上の話を取材した後、政府は2012年を「地域包括ケア元年」と位置づけ、医療・介護サービス提供体制の再編を進め出した。そのため取材時点と現在を比べると状況は変化しており、収益性を度外視した情報連携を進めざるを得ない面も出てきている。ただし、熊井氏に改めて尋ねると「基本的な考え方や進め方は変わらない」とのことだった。

 医療をすべてビジネスで割り切ることができないのは言うまでもないが、税金を投じる以上、無駄があっても困る。「自立したシステム」という熊井氏や相澤病院の考えや取組みは重要だと思う。


末安泰三
日経コミュニケーション契約記者
 日経インターネットテクノロジー、日経Linuxの記者を務めたあと、フリーライターとしても活動中。主な関心分野はLinuxなどのOSSだが、それに限らず幅広い分野の記事執筆を手がける。