原著の副題は「The Origins of the Digital Universe」である。デジタル宇宙とは、大型サーバーやPC、携帯電話がネットワークにつながれ、ソフトが動き回る状態を指す。Originsと複数形になっている通り、デジタル宇宙の創生に貢献した数学者や科学者、技術者の取り組みを600ページにわたって紹介している。

 著者は主な舞台として米ニュージャージー州プリンストンにある「高等研究所(IAS)」を選び、IASの教授だったフォン・ノイマンが1945年から計画を練り始めた「電子計算機プロジェクト(ECP)」の経緯を追っていく。ECPで実現されたノイマン型コンピュータは「そのコーディングも論理アーキテクチャも、ほかのどのコンピュータよりも広く複製され、使用された」からである。

 本書前半はIAS/ECPの成り立ちと技術の記述に充てられ、後半で気象予測、衝撃波解析、核兵器開発、生物や恒星の進化シミュレーションといったECPの応用事例と、それらが今日のデジタル宇宙にどうつながっているかが説明される。企業の話はほとんどないが、企業情報システムもデジタル宇宙の一部であり、情報システム担当者は起源を知っておいて損はない。

 忙しい読者は訳者後書きにある各章の概要を確認し関心がある章から読むとよい。8年を費やしてIASの資料や関係者の書簡まで調べ上げた著者は、貢献があった人物を各章で取り上げ、その人物とECPとの関わりを事細かに記述していくので、順にひも解くと十数人の伝記を読むことになってしまう。

 評者が感銘を受けたのは、ノイマンを支えた主任技師がコンピュータ利用の価値を語った箇所である。「自分がやろうとしていることを本当に理解している人々は、彼らの考えをコード化された指令として表現することができ、そして答を見出し、数値表現によって明確に表現」できる。「このプロセスは知識を高め、確固たるものにし、人間を正直でいさせる」。

 ノイマンの「プロデューサー」としての動きも印象に残る。挑戦的な題材を見つけると直ちに企画を練り、軍などスポンサーに提案、適切な人材を見つけて実践させ、鼓舞した。ECPでは「進め、このスピードとこの能力で装置を働かせろ」と揺るぎない自信をもって言い続けたという。

チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来


チューリングの大聖堂
ジョージ・ダイソン 著
吉田 三知世 訳
早川書房発行
3675円(税込)