ITの重要性が増す一方で、情報システム構築プロジェクトの失敗が後を絶たない。ビジネスプロセス・アーキテクト協会(BPA-P協会)はプロジェクトの成功確率を上げるヒントを得るため、「プロジェクトのつぶやき」研究チームを立ち上げた。本連載は研究チームによる成果の一端を、エピソード形式で紹介している。

 前回(システム運用の実態が見えない原価計算)では、ベンダーに任せきりでシステム運用の原価計算が明確でない企業を紹介した。今回は、売上高600億円程度の上場中堅メーカーZ社の例を紹介しよう(登場人物はすべて仮名)。


 Z社の基幹システムはかなり老朽化が進んでおり、システムの再構築は大きなテーマとして挙がっていた。

シーン1:社長室
「ウチも、うかうかしていられない」

 Z社の小林社長は水口情報システム部長を呼び出した。小林社長は入社以来、営業一筋。関心はもっぱら売り上げや利益の確保にある。ITの知識はあまりないが、強いリーダーシップを備えている。

小林社長:水口部長、突然呼びだして悪いな。当社も早いところ、ERP(統合基幹業務システム)パッケージを入れるべきだと考えている。早急に導入プロジェクトを立ち上げてくれないか。

水口部長:確かに現在の基幹システムは老朽化が進んでおり、再構築が必要なのですが…それにしても突然ですね。本当にERPの導入が必要かは慎重に検討しなければいけませんし、関係する部門が非常に多いので調整も必要です。

小林社長:言うことは分かるが、急ぎたいんだ。同業のW社がERPを導入したのは聞いているだろう。あそこはうまく入れたらしい。ウチも、うかうかしてはいられない。ベンダーはいつものX社でいいだろう。関係部門の調整は後から何とでもなる。すぐに着手してほしい。

水口部長:はい、分かりました。

水口部長のホンネ
基幹システムの導入を急ぐとロクなことはないのだが…
とりあえずやるしかないな。

シーン2:経理部会打ち合わせ
「これは社長の要望ですから」

 水口部長は社長の指示により、ベンダーX社の支援を受けてERP導入に向けた活動を始めた。システム部門内でERPの機能を比較し、W社と同じ製品を選定した。時間の余裕がなかったので、部門間の合意形成が不完全な状態でシステム構想案を作り、ERP導入プロジェクトを開始した。

 検討は各部会で進めた。経理部会では主要部門の部長や関係者が集まり、月次決算スケジュールの確認を進めた。参加したのは情報システム部の水口部長と高橋部員に加えて、白石経理部長、金子購買部長、松本営業部長、森田経営企画室長、X社の神田開発担当である。

神田開発担当:…というわけで、新システム導入後も、現状のスケジュールを踏襲する方針です。すなわち、毎月第5営業日に試算表を確定。内容を分析した上で、第7営業日に経営会議に報告、という形で進めたいと考えています。

水口部長: ありがとうございました。何か質問はありますか?

白石部長:社長からは先日、「せっかく新たにシステムを入れるのだから、うちも他社並みに毎月3日くらいに月次決算を締まることができないのか」と相談を受けました。水口さんにも、その旨をご連絡しましたよね。この点は、どうなったのでしょうか?

水口部長: その点は…高橋君、どうだったんだっけ?

高橋部員:はい。その件については検討しました。在庫と売り上げの確定のタイミングを考えると、そのスケジュールは難しいということにより、現状維持という結論になりました。

金子部長:白石部長には以前から「在庫をもっと早く確定してほしい」と言われているのですがね…相手先のこともあるので、システムが新しくなってもどうにもならないんですよ。特に原材料の中に。仕入れ先との関係で単価が決めるのがどうしても第5営業日になってしまうものがあるんです。

松本部長:営業部も事情は同じです。販売数量によって値引き率が違ったりしますし、代理店への手数料計算などもあるので、売り上げの確定はどんなに早くても第3営業日になります。さらに検証作業が必要なので、翌月3日というのは不可能ですよ。