有限責任 あずさ監査法人
マネジャー 公認会計士
田中 秀明、畠中 貴司、松田 麻子

 本連載は、日本企業がIFRS(国際会計基準)を導入する際の留意点からIFRSによるインパクト全般までを主要な業種別に見ていくことを目的としている。前回はインセンティブと携帯電話端末の評価を中心に、テレコム(通信)事業者におけるIFRS導入のポイントを説明した。

 今回は、電機業界や自動車業界をはじめとする組立型製造業におけるIFRS導入のポイントを取り上げる。特に影響が大きい領域は三つ挙げられる。

 一つめは「研究開発」である。製造業にとって、競争力を維持・強化するための研究開発投資は、戦略的に極めて重要である。IFRSは、この研究開発投資について独特な会計処理を要求している。

 二つめは「設備投資」である。製造設備が製造業にとって主要な資産であることは言うまでもない。ここで問題になるのは、整備を取得した後に費用をどう配分するか、すなわち減価償却方法と耐用年数をどのように決めるかである。原則主義・経済的実態主義を採用するIFRSでは、費用配分の方法が現行の実務と大きく異なることになる可能性がある。これは企業経営に大きなインパクトを与え得る。

 三つめは「海外展開」である。製造業各社は国外での事業活動の拡大に向けて、製造・販売拠点をBRICS市場をはじめとする海外にシフトしつつある。海外でのM&A(合併・買収)を手掛ける企業も少なくない。

 こうした事業活動のクロスボーダー化に伴い、企業グループレベルでの資金管理が経営上の重要なテーマとなっている。特に、グループで利用する通貨の種類が増加していることへの対応が欠かせない。IFRSでは「機能通貨」という概念を導入しており、海外拠点における現地通貨での記帳だけでは済まなくなる可能性がある。

 以下、三つの領域を順に説明していくことにしよう。

研究開発:費用処理していた開発費が資産になる?

 現在の日本の会計基準(日本基準)では、研究開発費は発生時にすべて費用処理する。市場での販売を目的としたソフトウエアを例にとると、「最初の製品マスターの完成時点」までの製作活動を研究開発とみなし、ここまでに発生した費用を研究開発費として処理する。

 一方、IFRSでは研究開発を「研究局面」と「開発局面」とに明確に分ける。その上で、研究局面の支出については費用処理する。開発局面の支出に関しては、一定の要件を満たした場合に費用処理ではなく、無形資産として計上することを要求している(図1)。

図1●研究開発費の取り扱いに関する日本基準とIFRSの違い
図1●研究開発費の取り扱いに関する日本基準とIFRSの違い

 ここで一定の要件とは、以下の6点を指す。

(a) 使用または売却できるように無形資産を完成させることの技術上の実行可能性
(b) 無形資産を完成させ、さらにそれを使用または売却するという企業の意図
(c) 無形資産を使用または売却できる能力
(d) 無形資産が蓋然性の高い将来の経済的便益を創出する能力
(e) 無形資産の開発を完成させ、さらにそれを使用または売却するために必要となる、適切な技術上、財務上およびその他の資源の利用可能性
(f) 開発期間中の無形資産に起因する支出を、信頼性をもって測定できる能力

 その結果、日本基準と比較すると資産計上されるタイミングが早くなり、今まで費用処理していた開発費が資産に計上されることになる。