有限責任 あずさ監査法人
テレコムワーキンググループ・リーダー
パートナー 公認会計士
中田 宏高

 本連載は、日本企業がIFRS(国際会計基準)を導入する際の留意点からIFRSによるインパクト全般までを主要な業種別に見ていくことを目的としている。前回は収益認識や代理店取引を中心に、商社におけるIFRS導入のポイントを説明した。

 今回はテレコム(通信)事業者、特に携帯電話会社における携帯電話端末に対する評価を題材として、IFRSと日本の会計基準(日本基準)の考え方の違いと、その違いがもたらす影響について解説する。

携帯電話機よりもスマホの方がなぜ安いのか?

 携帯電話機やスマートフォンを扱う販売店を見ると、従来型の携帯電話機よりもスマートフォンの方が陳列棚の主流となっていることが分かる。通常の音声通話や通信機能に加えて、本格的なネットワーク機能を備え、豊富なアプリケーションを利用できる点などが、スマートフォンの人気につながっているとみられる。

 スマートフォンは多種多様な機能を持つにもかかわらず、携帯電話機よりも価格が安いケースが少なくない。理由の一つは、携帯電話会社が販売代理店に支払うインセンティブ(販売奨励金、代理店手数料)にある。

 携帯電話会社は、ユーザーからの通信料収入を収益の柱としている。携帯電話機やスマートフォン自体の販売からは儲けが出なくても、ユーザーに自社の通信ネットワークを利用してもらい、通信料を継続的に得ることでビジネスを成立させている。

 このビジネスモデルでは販売代理店にどれだけ多く、自社の携帯電話機やスマートフォンを扱ってもらえるかが鍵になる。多く売れれば売れるだけ、自社の通信ネットワークの利用者が増えるからだ。そこで携帯電話会社はこぞって、販売代理店に対する販売促進策を打ち出している。インセンティブはその代表例である。

 どの端末にどの程度のインセンティブを付けるかは、携帯電話会社の重要な販売戦略である。最近では、携帯電話機よりもスマートフォンの方に、より多額のインセンティブを支払う傾向にある。スマートフォンは人気が高く、データ通信量も大きいため、より多くの通信料収入が期待できるからだ。これが、スマートフォンが携帯電話機よりも安く販売される理由の一つとなっている。

携帯端末の取引の仕組み

 IFRSと日本基準では、このインセンティブの取り扱いが異なる可能性がある点に注意する必要がある。両者の違いを説明するために、もう少しインセンティブに関して詳しく見ていくことにしよう。

 携帯電話機やスマートフォン(以下、まとめて携帯端末と呼ぶ)をユーザーに販売するまでの取引は、図1のような流れとなっている。

図1●端末メーカーからユーザーへの商品と資金の流れ
図1●端末メーカーからユーザーへの商品と資金の流れ
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 この例では、携帯電話会社は端末メーカーから「100」で仕入れた携帯端末を、販売代理店に対して「20」の利益を上乗せして「120」で販売している。販売代理店は、この携帯端末をユーザーに「80」で販売する。この価格は、後で携帯電話会社から「50」のインセンティブがもらえることを前提としている。

 ユーザーへの販売の見返りとして、販売代理店は携帯電話会社からインセンティブ50を受け取る。その結果、販売代理店は(80-120)+50=「10」の利益を計上する。携帯電話会社は、(120-100)-50=「▲30」の赤字となる。

 このように販売代理店はインセンティブを原資とすることで、携帯電話会社から仕入れた携帯端末の価格をさらに引き下げてユーザーに販売しても利益を得られる。携帯電話会社は携帯端末を売れば売るほど赤字が発生するが、その分、自社の通信ネットワークの利用者を増やすことできる。