A.T.カーニー プリンシパルの吉川尚宏氏は、前職の野村総合研究所(NRI)時代に、台湾でアジア初の3Gオークションとなった制度設計を担当した経験を持つ。このような専門的見地から、構成員を務めた総務省のICTタスクフォースでもオークション制度に関する意見を述べてきた。そんな吉川氏に、台湾の経験で得た制度設計のポイントや、日本のオークション制度に対する提案などを聞いた。

(聞き手は堀越 功=日経コミュニケーション


台湾ではどんなオークション制度を設計したのか。

A.T.カーニー プリンシパル 吉川尚宏 氏
A.T.カーニー プリンシパル 吉川尚宏 氏

 台湾では2002年2月にアジア初の3Gオークションを実施した。その際、台湾政府は、事前に周波数帯の落札額はどのくらいの水準が妥当なのかのバリュエーション(価値の算定)をしておきたいということだった。英国やドイツなどで落札額が高騰していたこともあり、バブルにはしたくなかったのだと思う。

 また台湾はIT立国でもあり、オークションを実施するとなると外国資本の流入などによって台湾ドルが高騰する。政府にはその懸念もあった。

 そこでNRIでは、オークションの対象となる周波数帯の価値を、既にオークションが実施された国の落札額を参考に国の人口やARPU(1契約当たりの平均収入)の差を比較する手法や、ライセンスを獲得して事業を行った場合の収益に基づいて試算する手法などを用いて事前評価した。

 こうして算出した周波数帯の価値を、台湾政府は土地における「公示価格」のように事前に提示した。その結果、実際のオークションでは、その公示価格を若干上回る程度の落札額に落ち着いた。

この経験からどんな示唆が得られたのか。

 この経験からは、オークションにおいて事前に周波数帯の価値を「公示価格」のように提示することで、落札額の極端な高騰を抑える効果があることが分かった。もっとも公示価格の水準には賛否両論あった。特に事業者からは、高いという声が上がっていた。

 その後、台湾政府は2007年7月にモバイルWiMAX向けの周波数オークションも実施した。こちらのオークションには、私は直接関与していないが、売り上げに対して定率のライセンス料を支払う制度とし、その比率を入札するというやり方だった。いわば消費税の税率を競うような制度設計だ。

 この制度は、新規参入を促すことを目的に初期投資を抑えることを狙ったものだ。売り上げが少ないうちは大きな金額を支払う必要は無い。逆に売り上げが多くなると重荷になる側面はある。

 このようにオークションで競うパラメータの作り方は多様で、パラメータによって入札する事業者のインセンティブは異なってくる。目的に沿って、パラメータを工夫できるわけだ。また、理論的には複数のパラメータを組み合わせることも可能だ。

日本の場合、まずは周波数再編を加速するために、立ち退き料に対して「オークションの考え方を取り入れた制度を創設する」としている。

 “更地”でオークションを実施することは難しくはない。しかし今回のスキームは難しい。そもそも立ち退き料と周波数帯の価値は一致せず、矛盾をはらんでいるからだ。立ち退き料は移行に伴うコストで決まるが、それはオークションによって決まる周波数帯の価値とはまったく異なる。この点については、ICTタスクフォースなどでも意見してきており、矛盾をはらんでいることの認識は広がってきたと思う。

 今回のスキームは、電波を土地に例えると、デベロッパーがある地区を再開発する形に似ている。既に住んでいる人の土地の移転を早めて区画整理しつつ、跡地の売買をするという形だ。なお電波は国有であるため、いわば「定期借地権」の売買になる。