ビジネスブレイン太田昭和
会計システム研究所 所長
中澤 進

 米国と日本はともに、IFRS(国際会計基準)を自国基準として採用するアドプション(適用または強制適用)に向けて舵を切ろうとしている。ただ、その背景は全く異なる。

 米国は、不正会計処理により経営破たんしたエンロン事件の尾を引きずり、米国会計基準の細則主義に限界を感じつつあったという状況が背景にある。加えて、IFRSの国際的急拡大に伴うニューヨーク市場の地盤沈下に危機を感じた上での決定であった。

 一方、日本は2007年の東京合意により、「清水の舞台」を飛び降りる覚悟でIFRSへのコンバージェンス(収斂)を決定。これで会計基準の国際化に一応の終止符を打ったつもりだった。ところが、米国が2008年にIFRS強制適用に向けたロードマップを発表。日本にとっては青天の霹靂(へきれき)とも言える出来事だった。日本は国際的な孤立化を避けるためにも、2009年に強制適用へ舵を切ることになった。

「訴訟に耐えうる原則主義」を模索

 米国は世界のGDP(国内総生産)ナンバーワンであり、日本はナンバーツー(ともに2009年時点)である。加えて、両国ともハイレベルの会計基準を保持している。この両国が、社会制度や文化的背景の異なる他国(地域)が決定した会計基準を受け入れるのは、並大抵のことではない。その後の両国の動きを見ると、このことがよく分かる。

 米国はIFRS強制適用へのロードマップを発表した後、しばらく沈黙を保っていたが、2010年2月にIFRS強制適用の延期を発表した(関連記事:米SECによるIFRS声明の意味を参照)。その中では、IFRSを積極的にサポートするとしながらも、当初は「2014年から」としていた強制適用の開始時期を「2015年以降」としており、2015年からとはコミットしていない。強制適用の可否を2011年6月に最終決定する意向は変えていないが、決定後、IFRS導入には最低4年はかかるというのが、その理由である。

 IASB(国際会計基準審議会)とFASB(米国財務会計基準審議会)が進めている共通化プロジェクトの進捗状況を見ると、会計基準としては、ほぼ「新米国基準」を作成しているのではないかと思えるくらい、米国の意向が強く反映されている。それにもかかわらず4年間の導入期間を求めているのは、ひとえに訴訟に耐えうる“高品質”な基準とするためであり、さらに企業側・投資家側・規制当局などのステークホルダー(利害関係者)が裁判で対等に議論できる知識レベルを確保するためであるとしか考えられない。

 米国的な訴訟社会への対応力強化が、詳細かつ具体的な明文化されたルールを持つ細則主義を生み、その結果がエンロン事件を引き起こした要因の大きな一つであることは周知の事実である。このような背景を元にSEC(証券取引委員会)、FASBがともに原則主義に舵を切ったというのも、一種のアイロニーではないかと考える。

 「訴訟に耐えうる原則主義とは何か」。この問いに対する解答をいかに見出していくかが、IFRSに関する米国の最大の悩みであろう。