情報システムの“ユーザー企業”にとって、情報システムをどう活用すれば競争力を強化できるのか。ITベンダーやシステム・インテグレーターなどの営業トークや提案内容を見極めるうえで何に留意するべきか。ITベンダーなどに何かを求める以前に、“ユーザー企業”が最低限考えなればいけないことは何か――。

 野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務めて急成長を支え、『ダメな“システム屋”にだまされるな!』(日経情報ストラテジー編)の著者でもある佐藤治夫氏が、情報システムの“ユーザー企業”の経営者・担当者の視点から、効果的な情報化のための発想法を解説する。(毎週月曜日更新)

 前回(第27回)は、公的サービス機関、すなわち官公庁、病院、学校などの組織が情報化を推進しようとする時に、「先生」が多いために、責任の所在があいまいになりがちなことを指摘しました。

 次に公的サービス機関が情報システムの“ユーザー”となる時に「合成の誤謬(ごびゅう)」と言うべき事象について説明します。

 合成の誤謬とは経済学で使われる表現で、ミクロの観点で正しいことがマクロでは必ずしも正しいとは限らない場合を指します。例えば不況の時に、企業や家庭が経営維持・生活防衛の目的で債務や借金を減らすように努力します。それぞれは正しい行動ですが、日本中の企業や家庭が一斉に借金を減らそうとすれば、銀行融資の受け手がいなくなり、お金が回らなくなってしまいます。経済の血流が滞ることにより、不況がさらに長引くか、あるいは悪化してしまいます。

A区とB区で微妙に異なる情報システム

 これと同じようなことが公的サービス機関の情報システムで起きています。

 事例を挙げます。東京23区の中のA区とB区から、同時に福祉関係の情報システム構築を受注したITベンダーがありました。A区もB区も大きな区であり、人口の少ない県を上回る人口を持つ自治体です。

 両方の区から受注できたITベンダーは、満たすべき機能や要件に大きな違いはないだろうと考えました。そこで、核・エンジンとなる部分を共通化する構造で構築し、周辺部はそれぞれの区の要望に合わせようと考えました。うまくいけばその核となる部分を23区のほかの区に適用でき、さらに日本中の市区町村に展開できるかもしれません。

 しかしふたを開けてみれば、A区とB区の要望、要件は全く異なるものでした。もちろんそれぞれの要望の背景には、住民サービスを充実させたい、職員の作業を簡略化したい、という固有の考えがあったのでしょう。しかし、法令に基づいて動く自治体・行政機関なのですから、やるべきこと、やって良いことに大きな違いはありません。また、区によって住民の要望がさほど違いがあるとも思えません。

 この2つの区は人口が多く、予算も豊富でした。だからこそ「これが自分たちにとってベストだ」と考える機能や要件を満たすだけの情報システムを作る余裕があったのでしょう。もちろん、この財源は企業や住民などが払う税金から出ているのですが。